03.未来へ紡がれる物語

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03.未来へ紡がれる物語

 ――数年後。  屋敷の庭を元気よく走る兄妹を見守る。 「お兄ちゃん、こっち」 「待って。転んじゃうよ、ほら」  新しく咲いた花を見せたい妹クラリスは、膝丈のワンピースで駆けていく。慌てて追いかけた兄マチアスが注意するも遅く、クラリスは煉瓦の小さな段差に躓いた。膝から転んだが手を突いたので、擦りむいた程度だろう。咄嗟に立ち上がろうとしたリッドを、カールが止める。 「マチアスに任せろ」 「分かってるけど、手を出したくなるんだよ」  リッドは心配に表情を曇らせた。泣き出したクラリスだが、兄マチアスが傷にハンカチを巻いたら笑う。小さな声で何か呟いたのは、ティナがよく使う御呪(おまじな)いだろう。兄の手を取って立ったクラリスは、花壇に咲いた花の前で手を伸ばす。折ろうとした手をマチアスがやめさせた。 「あらあら」  性格は真逆ね。面白いわ。そう笑うティナに、カールとリッドも苦笑いする。リッドの子であるマチアスは銀髪、カールの子であるクラリスは金茶の髪だ。父親の髪色を継承する子ども達は、無邪気に走りまわる。顔はどちらも母親であるティナに似ており、瞳の色は揃って翡翠だった。  大人しく慎重なマチアスと、お転婆で自由気ままなクラリス。象徴として地位を継ぐのはクラリスになるだろう。女性の方が好ましいと判断したのは、国民自身だった。女系であるということは、父親が浮気しようとどこの出身であろうと関係ない。次世代は必ず女王の腹から産まれる。そこに誤りが入り込む余地はなかった。  二人の孫の誕生を見届けた後、父クロードは地位と役職を返上した。娘の幸せを見届けた以上、この先に老いぼれは必要ないと言い残し、辺境へと引っ込んでしまう。フェルナンやジョゼフが同行したため、無理に引き留めることが出来なかった。  不便な辺境で開拓を行う人々を支援するのだと意気込み、もう一旗揚げて見せると拳を突き上げる。だがそう簡単ではないだろう。資材や人の流れが乏しい場所で、彼らは自らの手で田畑を耕していると聞いた。己の課した罪滅ぼしなのだと……そう言われ、ティナは年に一度は顔を見せることを条件に許可を出す。誰もが罪を背負い、罰を受けて生きていくのだ。  これからも世界は変わり続ける。望むと望まざるとに関わらず……人の想いや優しさが散らばった大地は、すべてを包み込んでいくのだろう。 「おめでとうございます。女王陛下、出産のご報告です」  兄シルヴェストルに3人目の子が産まれた。その喜びの知らせに頬を緩め、空を見上げる。雲が早く流れる青空はどこまでも遠く、高く……お母様の心のように広かった。  女王の肩書きはあれど、私が身に纏うのは綿のワンピース。民と同じ靴を履き、民と同じ生活を行う。侍女はいるが、数は多くなく屋敷も華美ではなかった。もう他国の王族を招く義務もなく、夜会を開くこともない。  親子5人で不自由なく暮らせる程度の資産があれば足りた。余った資産をすべて、公共事業へつぎ込んだ。その姿に、やれやれと肩を竦めた義父や兄も続き……自然と貴族階級の者にも同調する流れが出来る。この流れを民は歓迎した。  この世界で起きたやり直しは、いずれ人々に物語として語り継がれるでしょう。象徴である女王の成り立ちや、必死に足掻いた軌跡とともに。         The END…….
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