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87.ようやく動く気になったか
俺には妹が3人いる。王家にしては子どもの数が多い方だろう。幼い頃は体が弱かったため、周囲の勧めもあり王妃である母は次々と身ごもった。有体に言うなら、世継ぎの予備が欲しかったのだろう。現在、国王の地位にある俺でも同じように考える。
長男の後に続いたのは3人の姫ばかり。母は体調を崩し、これ以上の出産は望めない。絶望的な状況を救ったのは、末姫ディアナだった。無邪気に笑顔を振り撒き、自由に振る舞う。その幼い姿に誰もが癒された。やがて成長するに従い、この身は病弱が嘘のように改善される。
跡取りとして、王家唯一の男児として厳しく育てられた。その分甘やかされたのが妹達だ。特に下の2人は自由に育った。長女ルイーズは俺に不幸があった場合に親族から夫を取るため、英才教育を詰め込まれる。気の毒なことをした。自由に遊ぶ妹達が羨ましかっただろうに。
幸い強国に分類されるランジェサン王国は、他国との政略結婚を推奨していない。だが、ルイーズは学んだ知識を生かせる場所に嫁ぐことが決まった。望まれたのは彼女自身ではなく、女王に立つほど優秀な才女としての王女だった。
スハノフ王国の王太子アルノリト、甘やかされて育った自尊心ばかり肥大した男だ。顔は悪くないが、特に褒め称える場所もない。剣の腕も、下手すればルイーズの方が上だった。彼女は文武両道、下手な男など太刀打ちできない女性だ。
自惚れに聞こえるだろうが、ランジェサン王族は美形が多い。どの王族も美男美女を選び婚姻するため、外見は優れた一族が多かった。その中でも際立って名指しされるほど、顔立ちが整っている。外交に有利に働く要因として、王族に必要な能力だった。
ルイーズも同じだ。セリーヌ、ディアナと続く妹達と同じように、美しい外見を武器にする。ルイーズはスハノフ王妃、セリーヌは我が国の軍事の要である公爵家へ、末のディアナもフォンテーヌ公爵夫人となった。
「ようやく動く気になったか」
嫁いで20年近く、長かったか……短いのか。沈黙を貫いた彼女はようやく重い腰を上げる気になった。隣国フォンテーヌ公爵へ嫁いだディアナの息子と娘を案じる手紙の中に、ひっそりと含まれた暗号のような一言。誰かに見られても言い逃れができる形で。
――心が決まりました。
ジュベール王国は末妹ディアナの夫により崩壊した。次はスハノフ王国か。我がランジェサン王国の元王女達は、女神の遣いか悪魔の花嫁か。歴史の中で判断が降りるのは数十年先のことだ。今はただ、可愛い妹の決断を喜ぼう。
「筆を」
側近が用意した筆をとり、さらさらとルイーズへの手紙を書き終えると封蝋を施して渡した。スハノフ王妃となった我が妹、頼りがいのある戦友になり得るルイーズへ届けるよう命じる。この手紙が彼女の手に届き、行動を起こした時が俺への合図だ。
愛されたディアナの子ども達を守りたいのは、ルイーズも俺もセリーヌも同じだった。だから誰にも手出しはさせない。彼と彼女はランジェサン王族の血を引く宝だった。前回の噂はランジェサンにも届いている。クロードも否定しなかった。
ならば世界よ、受け取るがいい。これが前回の返礼だ。
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