93.難しく考える必要などないの

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93.難しく考える必要などないの

 皇太子という地位は、中途半端だ。次期皇帝だが、権力が確定していなかった。この場で確定は出来ない。だが情報をバルリング帝国へ齎してもいいか。判断に困る。眉を寄せて考え込んだカールハインツに、アルフレッドが淡々と言い放った。 「皇帝陛下に使者を出せばいい。情報源は俺だ」  ランジェサン王国第二王子が情報を漏らした。それならフォンテーヌに迷惑が掛からないだろ? そう言って笑うアルフレッドに、カールハインツは頭を下げた。 「感謝する」 「俺がお前に雑談で話してしまった。それを感謝されるのはおかしいだろ」  貸し借りで考えるな。そう突きつけるアルフレッドに、カールハインツは黙って頭を下げた。これ以上の感謝も礼も相応しくない。だが皇族が頭を下げる価値のある情報だった。 「バルリングがどう動くか、そこだけが懸念か」  クロードの呟きに、ジョゼフは「心配しておりません」と笑った。賢帝として名高い現皇帝陛下が、愚かな決断をするはずがない。言い切る形のジョゼフに、ほぼ全員が納得してしまった。政は駆け引きや謀略が渦巻く世界だ。だが本来は、この程度の話し合いで終わる至極簡単な仕組みなのかも知れない。 「アリス、お茶とお菓子をお願い」  クロードの膝の上からかかった声に、壁に控えていた侍女アリスは一礼して場を外した。廊下に用意した茶菓子をクリームで飾り付ける間に、別の侍女がお茶用のお湯を運ぶ。手早く準備を整え、ワゴンごと入室した。手早くお茶を淹れる執事クリスチャンが一礼して下がる。  アリスの手で並べられた茶器と菓子に、最初に手を伸ばしたのはシルヴェストルだった。 「これは母上が得意だったスコーンだな。午前中から焼いていたのはこれか」 「そうよ。レシピを残してくださってたの」  前回はお菓子を焼く余裕なんてなかった。母の残したレシピや盛り付け案を綴じた本を見ながら、いつか作りたいと願って……その夢は叶うことなく消えた。でも今回は違う。お菓子つくりに不慣れな私を手伝ってくれるアリスもいる。 「ティナが作ったのか!」 「ご馳走になります」  さっさとジョゼフがクリームを塗って口に運ぶ。うかうかしていると、上司でもある友人クロードに奪われそうだ。その姿に倣い、慌ててフェルナン達も手を伸ばした。くすくす笑うコンスタンティナの声が響く中、アルフレッドとカールハインツもスコーンを手元に引き寄せる。  貸し借りもスコーンには影響しないらしい。しっかり味わって食べる彼らの頬が緩むのを見て、コンスタンティナは微笑む。お母様のお陰、手伝ったアリスや侍女のお陰、厨房でオーブンの温度を管理した料理長のお陰。すべては私以外の誰かが私に力を貸してくれた結果だ。それが擽ったく、嬉しかった。
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