97.どちらを向いても身勝手な国主ばかり

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97.どちらを向いても身勝手な国主ばかり

 隣室でコンスタンティナが驚愕するとほぼ同じ時刻、シルヴェストルも絶句した。バルリング帝国からの使者の前に膝を突きかけ、迷う。以前なら片膝を突いて礼儀を示す立場だったが、現在は複雑だった。たとえ相手が皇帝陛下であったとしても。  フォンテーヌ公国を治める父が、世襲制を望まぬとしても立場は王太子と同じ跡取りだ。対外的なことを考えるなら、腰を折っての挨拶までだろう。戸惑いを見せるシルヴェストルに対し、使者は丁重に会釈した。これが答えだ。あくまでも使者として押し通す気らしい。  姿勢を正し、会釈より深く頭を下げる。互いの挨拶が儀礼的に行われる。あくまでも使者で通すつもりの皇帝は、名を省略した。追求しないシルヴェストルの振る舞いに満足した様子で、皇帝は「失礼」と断り座る。向かいで肩を竦めるカールハインツの隣に腰を下ろした。  どうしたものか。ここは父を呼ぶべきだと判断し、侍女に合図を送った。一礼して下がる彼女が用意したお茶を一口含む。  薫り高いお茶は執事クリスチャンの指示で、刺激の強いウヴァが選ばれた。ミルクを流し入れて味わう。向かいも同様にミルクを垂らしたカップが置かれていた。帝国は寒いためミルクティが一般的だ。 「父上、どういった趣向ですか」 「そなたがそこまで愛する乙女が気になってな、我が侭を言った」 「宰相閣下がよく許しましたね」 「許可など不要だ」  脱走してきた。平然と言い切る皇帝に、シルヴェストルはお茶を吹き出しかけて咳ばらいをした。失礼を詫びる一言が響いた室内で、カールハインツは思わぬ反応を見せる。 「会わせません、お帰りください」 「一応、帝国の使者なのだが?」 「では返答を用意するまで、この部屋から出ないでください」  父親に対するには手加減のないカールハインツの態度に、シルヴェストルは驚いた。もっと殺伐とした仲と聞いていたが、容赦なく言い合える関係のようだ。皇帝は助けを求めるようにシルヴェストルに向き直った。 「シルヴェストル殿だったか、ご令嬢に会わせてはいただけぬか」 「はぁ……」 「父上、なりません!」  分かってるな? そんな目配せをされても、皇帝と皇太子、どちらの意見を優先すればいいか。困惑した顔でシルヴェストルは溜め息を吐いた。その頃……隣室でも同様の事件が起きているとも知らず。 「おお! 久しぶりだな。こんなに小さい頃以来ではないか? 美しくなった、日に日にディアナに似てくる」  目を細めて嬉しそうな伯父だが、この人は隣国の国王陛下だ。親戚である前に王族だった。 「伯父様が使者ですの?」 「ああ、こっそり入れ替わった。本物の使者は休暇中だ」  強制的に親書を奪って使者を休ませたのは間違いない。息子の胡乱気な視線に、アシル国王はぽりぽりと顳を掻いた。居心地悪そうにしながらも、誤魔化そうとする。 「シルも元気か?」 「元気ですわ。伯父様もお変わりなくて安心しました。父を呼びましょうか」  その一言にアシルは眉を顰め、侍女がさっと動いた。用意されたお茶はダージリン、淡くすっきりした味わいの水色を楽しんで飲み干す。父が来れば交代しましょう。そう思ったのに、なかなか父は到着しない。  両方の客間の間で、どちらから先に入るべきか迷うクロードが唸った。
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