咲う鬼嫁

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 夜更けに座敷を抜け出した私は、庭の竹藪の奥へ行って、一人で泣きました。誰かに泣いているのを知られたくなかった。なんの意味もないけれど、せめてこれくらいの強がりをしたかった。  灯りは持って行けないから、頼りになるのは月明かりだけ。真っ暗な闇の中、竹に手をつきながら、奥へと進みます。  空には生っ白い月が浮かんでいました。ぼんやりとした月の輪郭を、竹の影がやんわりと撫でています。  私はうんと奥まで来ると、顔を覆って咽び泣きました。瞼の裏には妹が現れます。可愛い可愛い、私の妹の。唯一、私を必要としてくれた子。でも、もういない。この世に私を必要としてくれるものは、いなくなってしまった。  そんなことを考えて、更に涙が溢れてきました。  目を閉じていると、耳に竹の潮騒が届きます。  ああ、帰りたい。磯の香りを嗅ぎたい。波の音を聞きたい。父さんと母さんと妹のいる、あの家に帰りたい。  そうやって思い出にすがりついていた時でした。竹の潮騒に混ざっている、低い声に気付いたんです。  唸り声のようでした。獣の生臭い匂いも漂ってきて、山犬か何かが庭に忍び込んだんだと思いました。  私は恐怖に体が硬直してしまい、逃げることもできません。ただ、声のする方を食い入るように見つめました。  闇の中からぬるりと現れたのは、人間じゃありませんでした。  それはね、鬼だったんです。
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