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「隙間ばかりのこんなあばら屋じゃあ、寒くってしょうがないです。ねえ、寒いでしょ?」
温めてくれませんか。
そう言いながら、自分の体をゆっくりと撫でる。首から鎖骨、胸、腹へと降りて更に下へ。俺は手の流れを追って、唾を飲む。女の可笑しそうな声が耳に届いた。
「お兄さんも寒いでしょう。さあ、こちらへ来てくださいな」
誘われるままに女の元へにじり寄った。女は俺の首に腕を回して引き寄せる。俺は覆い被さり、女の耳殻に舌を這わせた。
俺の頭をかき抱いて、女が囁く。
「あの時」
鼓膜を女の息が震わし、背筋を悪寒が走った。ぞくぞくとした感覚に気を取られて、女の言葉は入ってこない。夢中になって肌を舐め、膨らみを揉みしだく。女は甘く吐息を漏らしながら、なおも話しかけてきた。
「私はね」
廊下の軋む音が聞こえた気がした。けれど、それは微かなもので、情動に突き動かされている俺を止めるには至らない。
何だか獣の生臭い匂いが漂ってきたが、すぐに女の香りにかき消されて、目の前の柔らかい体で頭がいっぱいになる。
太ももを撫でていた手を、女の奥へやろうとした時だった。俺の背後で低い唸り声がした。もう気のせいだと誤魔化せない程、唸り声は大きくはっきりとしていた。
驚いて振り返ろうとしたが、叶わなかった。背後の何かに押し倒されたからだ。
頭を床に押し付けられて声も出せない俺に、女の声が聞こえる。
「私は、見初められたんですよお」
ーー鬼に
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