咲う鬼嫁

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 私の生まれはね、この町よりもうんと東の方なんです。家は小さな漁村の、貧しい漁師でした。  村のどこにいても、海が見えなくても、家にいたって海の匂いがして、それが当たり前。いつも磯の香りがそばにあった。  でも、私が十を越したくらいの頃から嗅げなくなりました。両親が死んで、親戚の家に身を寄せることになったからです。  父と母は漁の最中にフカに襲われました。両親だった肉の破片が漂って、海が真っ赤に染まって。これが、海の見納めになりました。  親戚の元へ引き取られる前に行こうと思えば行けましたけど、とても行く気にならなかった。その時は、もう海なんて二度と見たくないと思ったんです。  でも今は……そうね、やっぱり懐かしい。  子供の頃の記憶を掘り返せば、必ず磯の香りも一緒に蘇ります。父と母を喰らった海が恨めしかったけど、時々無性にあの匂いが嗅ぎたくなる。
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