咲う鬼嫁

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 ご主人の恋人は他にもいましてね。何度か顔も合わせました。当たり前みたいにね、お屋敷に入ってくるんですよ。特にコソコソもせずに、堂々と表玄関から。  みんな綺麗な人でねえ。ばったり会った時は、私の方が隅に避けてしまいました。  ええ、私だって胸を張っていれば良かったんでしょうけどねえ。田舎育ちの垢抜けない女でしょう? なんだか気後れしてしまったんです。  ご主人の恋人は廊下で縮こまる私に一瞥を寄越しただけで、声もかけずに通り過ぎて行きました。中にはわざとらしく無視する方や、忍び笑いを漏らす方もいました。  それでもねえ。妹のことがありましたから。帰ろうとは思いませんでしたよ。  私が戻ってしまったら、もう治療費を出してもらえなくなる。叔母さんの家にだって、前以上に居辛くなってしまう。ううん、それどころか出戻りした私を恥だと言って叩き出すかもしれない。だから、帰ることはできませんでした。  寝室はもちろん別々で。庭には竹藪があったんですけど、夜はそれが潮騒に聞こえました。ざあざあいうその音が、懐かしくて懐かしくて。あんなに怖くて、恨めしかったはずなのに。竹の葉擦れの音が、どうしようもなく切なかった。  いつか、妹が元気になったら、故郷の海へ行こう。磯の匂いをいっぱいに吸って、ざらざらとした水に浸かって、日の光に輝く海を見に行こう。そんな想像をして眠りにつきました。  でもね、それは一生叶わなくなりました。  妹が……死んだんです。
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