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 スーツから着替えた幸一が夕食を済ませているあいだ、多香江は部屋にあるノートパソコンでネットニュースや通販サイトを適当に眺めていた。料理が得意ではない彼女は毎日外出先で惣菜を買ってきては、それを夕飯にしている。  幸一の分はそこから余ったものを別の皿に盛っておくのが常だった。電気代を節約しているつもりなのか、夫が電子レンジを使う気配はいつもしない。  多香江は幸一の胃袋に今夜おさまるものを想像してげんなりした。トマトとチーズのパスタと、ほうれん草のおひたしとをひとつの皿にまとめたものだ。冷蔵庫で冷やしたせいで汁気を増したおひたしが、パスタと混ざり合っているに違いない。幸一はそんな生ごみのような食事を、温めなおすこともなく口にしている。  しばらくすると食事を済ませたのか、シンクで食器を洗う音がして(今朝のように皿に臭いが残っていないか確認しなくては、多香江はそう思った。もちろん、幸一が眠ったと確信できてから)、それから浴室でお湯を流す音が聞こえてきた。ものの十分ほどでその音も止み、リビングと廊下の向こうからドアが閉まる音がした。  家は、静寂を取り戻した。  足音を忍ばせながらキッチンに向かった多香江は幸一の洗い物を確認すると、その食器をふたたび念入りに洗い直し、それからお湯を沸かしているあいだにトイレで用を足した。幸一の部屋の前で足を止めるが、中からはなんの物音もしない。  キッチンに戻って沸騰させたお湯で紅茶を淹れると、マグカップを手に寝室へと戻った。ノートパソコンにDVDを入れて、ラブコメディのドラマを何話か観ていたら、いつのまにか深夜をまわっていた。  ベッドに入った多香江は、すぐに眠りに落ちた。
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