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先生私を殺してください
「先生私を殺してください」
彼女は静かにそういった。
私は思わず聞き返してしまいそうになったが理性が空気を読んだため口を噤んで踏みとどまった。
この状況なら何も考えずとも息をのみ彼女を宥めるべく脳を回転させるべきであった。
だが彼女はなんの前触れもなく呼吸をするように瞬きをするようにさらりとそう言ったのである。
たとえそれが幻聴であるとしても納得してしまう程に自然に自ずから勝手に自動的に出た言葉であった。
幻聴であって欲しい。
そう心から願ったとしても彼女の哀愁漂う表情からそれは事実であることが読み取れた。
ただ、真っ当な教師であれば…。いや、マニュアル通りであれば誠心誠意対応し止めるべきであろう。
この空気でなければの話だが。
重々しくない。むしろ清々しいほどのこの空気はきっとここに居る私たちにしか分からないものだ。
「困った?」
私が黙り続けていたせいか彼女は楽しそうにそう言った。
「いや」
私はただこの一言だけを言い彼女の額を中指で弾いた。
「いたっ」
彼女はやはり楽しそうに額を抑えながら
「これで君は死んだ。とか言い出す?」
と私の返答を予想でもしているかのように言った。
「こんなことで済めば俺としては楽なんだが」
普段使わないであろう一人称が口からこぼれた。
それほどまでに彼女に心を許していたのだろうか、それとも気がついていないだけでこの異様なまでの空気に動揺しているのだろうか。
「あら、新しい私に生まれ変わるためならやっぱりちゃんと殺してくれなきゃ。よく漫画でもあるじゃない?あれ、ちゃんと生き返ってるし。それくらいやらなきゃ人間変わらない…。ん〜、それでも変わらないか。」
一人称の変化などそんな些細なことは気が付かないか。
そもそもそんな些細なことを気にしている場合では無いのだが彼女は軽い口調で話しているから他のことに気を取られてしまう。
いや、彼女の所為だけではないか。
「お前は生き返れるのか?」
「ん〜。無理…かなぁ?」
望みがあるように、あって欲しいようにそう言った。
「ふふ…無理です!無理無理!漫画じゃないんだし。」
「じゃあ諦めるんだな。」
「えー。まぁ、いいや。先生の砕けた一人称とその笑顔に免じて今回は許してあげるっ。」
笑顔…?
俺はいつの間にか笑っていたのか。
完
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