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これについては御嶽も舌を巻く。眉間に皺を寄せ、うーん、と頷く。
『凄いな、ナデコ。』
“観る力”を無意識に使うから、オンとオフがまったくできない。やっている感覚が撫子には無いから、“今、観る力で【観稽古】をしている”という感覚も無い。
【飴細工】は進展が無い。
【観稽古】は意識的に使うことが出来ない。
それぞれがそれぞれで欠陥を抱えている。
撫子の日常は変わった。
家族が亡くなり、友人とも顔を会わせられなくなった。妖怪が見えるようになった。
今の撫子の日常は、御嶽や笠神、つまり人でないものと殆どの時間を過ごし、これまで漫画やアニメの中でしか見なかったようなファンタジーチックな、【飴細工】、“観る力”による【観稽古】の練習をする、というようなものへと変わっていった。
当の撫子はというと、
「……ねえ御嶽、神さま。」
『ん?』
『な、に? なんだい、どうした、ナデコ』
「あたし、進歩してってるよね。」
『もちろん。』
『もっち、の、ろん、だよ、ナデコ。』
撫子は返答をきいて少し笑う。
こんな日常に戸惑いは減り、充実感を感じていた。
そんなある日の朝。
撫子、御嶽、笠神の三人はいつも通りバスに乗る。
すでに座席に座っている琴弾と刑部。
琴弾は猫背にしてスマホをタップしている。彼女はこの頃、ずっとこうだった。撫子が乗っても気付かず、ずっとスマホをいじっている。
刑部はそんな琴弾へポツポツと話しかけているが、琴弾はほとんど言葉を返していない。
「……。」
撫子はそんな二人を見ないように、一番後ろの席へと座る。
すると次のバス停で妖怪が二体が乗車してきた。いつの日かバスの中で騒いでいて、御嶽に少し注意された子供の姿をした河童だ。
『あっ、ナデシコっ!』
『いたッ、ナデシコッ、ナデシコだ!』
河童は撫子を見や否や声をあげて駆け寄る。御嶽は目に見えて煙たい顔。
『おっととお二人さん、しずかにね。』
御嶽は河童の顔を見る。
この前の楽しそうなそれではなく、どこか危機迫っている顔。困っている顔。
撫子は窓側席に座ったまま、少し身を乗り出して口を開く。
「どうしたの?」
『えっとね、えっとね、困ってるんだ!』
『ザクザクでっ!、ゴニョゴニョでっ!、キラキラのバーンっ!、って!』
要領を得ない説明。
撫子は少し眉を寄せる。
そして撫子の瞳が飴色に輝く……その前に、御嶽は撫子の目線へ手を割り込ませる。
『観ない観ない。少しは気を付けなって。目線は窓へ向けておいてよ。ほらっ、はやく。』
促され、目線を窓の外へとやる。
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