1-1.飴と雪

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 曇り空を見上げる撫子。ふと後方から遠吠えが聞こえてくる。 『オオォォ━━━ン』  撫子は気にも止めなかった。空を見ていた撫子は、目線をもとに戻す。  目の前には神社があった。 「……。」  どういう訳か、撫子は神社に居た。  色の完全に落ちている鳥居。石段は朽ちており、シュッとしてスタイルの良いキツネのような狛犬は苔で覆われている。自然と一体化しており、人工物でありながら大自然を感じさせる。  撫子はよくこの神社に来ていた。ある時は家族で、ある時は家出をして行く宛がないとき、そしてなんとなく一人に成りたいとき。  どうして神社にいるのだろう、と撫子は考えなかった。考える余裕が無かった。考えても無駄だと思った。  目の前にある本殿の扉が開くのを、撫子は見た。本殿の奥は暗黒で、中がどうなっているのかは見えない。パラパラと雪が扉から漏れた後、本殿は直ぐに、ゆっくりと閉じた。  撫子は直感する。  奥にはきっと神様がいる。  撫子は少しだけ息を吐く。  木々が揺れた。  撫子の横を風が駆け抜ける。  撫子は風を追って振り向いた。  ブレザー姿の小柄な青年が立っていた。  ピッシリとしたブレザー(撫子の通う高校の物だ)に、良く手入れされた黒のローファー。覗く肌は陶器のように艶やか。下げた短い髪の毛は毛先がほんの少し巻いていて、雪のように真っ白だった。幼さの残る中性的な顔立ちで、若干だがつり目。瞳はザクロの果肉のような赤色。  あまりにも非現実的で、あまりにも完成された造形。  撫子は口を開く。 「あなたは、神さま?」  青年は答える。 『そうだよ、って言えばいいんだろうけど、そんな大層なものじゃないな。どこからが神さまなのか曖昧なところだけど━━』  青年の声は透明感のあるアルトで、辺りの空気を心地よく揺らす。美しさと比例するように、その声は活力で満ちていた。  青年は顎に手を当て、んん、と首をひねる。 『━━つまる話、“さま”がつくほどの力はボクにはないのさ。』  青年は歯を見せて無邪気な笑みを見せる。とても良い歯並びだが、右側の犬歯が若干大きい。  撫子の髪の毛と瞳が、飴色に煌めく。飴色の瞳に、真っ白な雪色が写る。  撫子は青年を“観た”が、青年の心は“観えなかった”。しかし、青年が“なんであるか”が分かった。  それと同時に目の前から青年が消える。代わりに居たのは一匹の獣。前足から頭まで鼻から大体1メートルと半分ほどで、赤い目に真っ白な毛並みの、美しいオオカミだ。上顎右側から下に伸びる牙が一本、下唇を突き破っている。  撫子は目を細める。 「わたし、あなたに食べてもらえるのかな。」  先ほどまで青年だったオオカミは、撫子へ目を向ける。オオカミは口を動かさないが、青年の声質をそのままに音声が放たれる。 『そう思うならもっと栄養をつけなよ。到底、おいしそうには見えないよ』  言われた撫子は笑みを見せた。  疲れきった笑みだ。  撫子はその場で肘を降り、地につけ、深々とお辞儀をする。 「どうか、わたしを殺してください。」  青年だったオオカミは撫子を見下ろす。 『顔をあげなよ』  言われて顔を上げた瞬間、青年だったオオカミは大きく口を開ける。 「(やっと終わる……)」  食べられる、と思った撫子。  青年だったオオカミはベロを伸ばし、撫子の顔を一舐めする。大きなベロは撫子の顔を余すところなく舐めた。舌は撫子の飴色を舐め取る。  撫子の意識が遠退く。 『こんなに綺麗な世界なのに、死ぬなんてもったいないよ。』
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