1-1.飴と雪

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 カーテンが閉められた薄暗い子供部屋。ベットには少女が一人、ブレザー姿のままで眠っている。カーテンの隙間からの日差しを浴びて、少女の飴色の髪はツヤツヤと光る。 『――ヴヴヴヴヴヴヴ』  飴色の少女━━七御撫子(ナナミナデコ)はポケットからの振動で目を覚ます。  撫子は上半身を起こし、ポケットからスマホを取り出した。画面を見るなり、慌ててスマホを手放す。床に転がるスマホには、《キョーコ》と表示されている。  少ししてスマホのバイブが止まる。  撫子は胸に手を当て、深呼吸をした。  スマホの電源を落とす。  立ち上がり、ふと目の前にある全身鏡に目が向く。飴色の頭髪に、飴色の瞳。クールそうな見た目で、しかし綺麗な瞳に活力は無く、少し痩せている。そして何より、彼女はブレザー姿をしていた。  どうしてブレザーを着たまま寝たのだろう………と撫子は思わない。 「(ああ、またか。)」  彼女は死んだような目で、そう思って少し息を吐く。  その後、彼女はシャワーを浴び、またブレザーに着替えた。そして大きな黒縁眼鏡━━━女の子には不釣り合いな━━をかけると、通学バックを肩に引っ掛ける。時刻は午前10時を少し過ぎた頃。彼女は高校生だ。学校には大遅刻だが、彼女は急がず、ただ淡々と支度をし、家を出た。  撫子が住んでいるのは、どんな田舎にでもある瓦屋根二階建ての普通の一軒家。家の表札には撫子を含む五人の名前がある。  しかし、ここに住んでいるのは撫子ただ一人。  撫子の住む町は田舎も田舎で、山に囲まれたこの町は至るところに田んぼやキャベツ畑が広がっている。夏は肥料で臭うし、虫や蛇が多くでる。冬は雪で交通機関がダメに成る。数少ない名物の私鉄は資金不足で倒産しそうだし、都会に出るための電車は一時間に一本だ。  しかしそんな町が撫子は大好きだった━━のは、ついこのまえのこと。一ヶ月ほど前から、撫子の飴色の瞳に移る世界は変わってしまった。  撫子は畑に囲まれた通学路を歩き、最寄りのバス停に到着する。ボロボロでサビサビのベンチにちょこんと腰掛け、 ふと、錆びたガードレールの向こうの畑に、撫子は目を向ける。 『あっきゃっきゃっきゃっきゃ!』  畑の周りを老人が走っている。ボロボロの布を纏っていて、走り方は両手をついた四つ足。そしてなによりも目が三つある。“それ”は彼女に気付いたのか、すくっと上体を起こし、不気味な笑みを浮かべて『おーい』と叫んで大きく手を振っている。  撫子は直ぐに目をそらす。 『おいってーー!』  それは四足獣のような走り方で撫子に迫る。  しかしちょうどバスが来て、撫子はバスに乗車。“それ”はしばらくバスを追いかけてきたが、途中でどこかへ消えてしまった。  撫子の世界に突如“それら”は現れた。  “それら”は人間では━━ひいては“生き物”でもない。  撫子はそれらを“妖怪”と呼んでいた。  そして妖怪は、どうやら撫子以外には見えない。声すらも聞こえないようだ。 「………。」  撫子は恐怖を感じていたりとか、不安に感じていたりとか、そういうのは無かった。決して“慣れ”などではなく、それは撫子個人の問題であった。  今の撫子には、そういうものに反応する気力がないのだ。 「……。」  撫子はバスの一番後ろの席にちょこんと座り、窓から流れていく景色を眺める。  どぶ川にかけられた細い橋の上で、子供ほどの大きさの者が押し相撲をしている。遠目だが、くちばし、頭の皿、そして甲羅があるのが分かる。 「(あれが多分、河童っていうんだろうなぁ……)」  その近くを、押し車を押したお婆さんが歩く。お婆さんは河童に気付かずに素通りする。  撫子は何も感じない。
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