1-1.飴と雪

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 15分ほどバスに揺られ、撫子は高校にたどり着いた。  校舎は鉄筋の校舎と木造の旧校舎に別れており、旧校舎は部活動以外ではほとんど使われておらず、撫子たち生徒は皆、鉄筋の校舎で授業を受ける。トイレに幽霊が出ると噂があったりする、田舎によくある普通の高校だ。  撫子が到着した時間帯がちょうど休み時間だったこともあり、撫子はあまり目立つこと無く教室へ向かうことができた。  撫子は目線を下げ、なるべく足元のみを見るようにして歩く。教室に入り、自分の席へと向かう。  撫子に気づいたクラスメイトが「あっ、七御さん」と撫子に話しかける。 「……。」  撫子はそれに答えること無く、窓側の席に行って、黒渕眼鏡を机におき、腕を枕にして顔を臥せった。  クラスがざわつく。男子の二人組が、遠くから撫子を見て話をしている。 「七御のやつ、やっぱヤバそうだな……」 「……そりゃあオマエ、家族が亡くなってまだ一ヶ月もたってないんだぞ?」  二人組は心底心配そうに撫子を見ている。  この話は本当で、撫子は一ヶ月ほど前に、事故で家族全員を亡くしていた。  二人組の話し声が撫子の耳に届く。撫子は手の間からチラリとその男子生徒を見た。 「あっ、」  男子生徒と目があった。  その瞬間、撫子の飴色の瞳がうっすらと輝き、飴色の髪がふわりと風になびく。  不思議なことに、撫子の瞳に“その男子生徒が今何を思って、何を考えているか”が鮮明に映る。  撫子は慌てて目を閉じるが、撫子は強制的にその“男子生徒のこと”を見ることとなる。  瞳に写る男子生徒は言う。 『一ヶ月前』 『親父の運転する車が猛スピードで電柱に突っ込んだんだろ?』 『七御以外は全員死亡』 『確かに気の毒っちゃあそうだけど、実際、何があったんだろうな』 『聞くのはダメだよな。でも、知りてえよな』 『気になるな』 『聞きたいな』 『何があったか聞きたいな』 『だって面白そ━━━』  撫子は両目を、潰れてしまうのではないかというほどに強く瞑り、そして手を振り上げ、力任せに机を叩く。 『バンっ』  大きな音。クラスは静かになる。  撫子は目をつぶったままバックからイヤホンを取り出し、耳につけ、また机に臥せった。  撫子は一ヶ月ほど前から妖怪が見えるようになった。それと同じタイミングで、撫子の瞳はもうひとつ、あるものを映すようになった。それは“他人の心の中”、すなわち“本心”である。  撫子が他人を見たとき、具体的には主に“目と目が合ったとき”に、撫子の意思とは関係なく、相手の本心や記憶が撫子の瞳に映るのだ。  撫子はその力を、“観る力”と呼んでいた。 「……。」  少しして担任教師がやって来て、授業が始まる。  撫子は机に臥せったままだ。  やってきた担任教師が撫子に何か言うが、撫子はそれに反応せず、そのままの姿勢で授業を受け始める。  授業が中盤まで進み、撫子はようやく顔を上げる。目をつぶったまま顔を上げ、直ぐ様メガネをかけて、その後に目を開ける。  メガネに度は入っておらず、レンズはただのガラスで、つまりは伊達メガネだ。  どうしてメガネをかけるのか。  これが亡くなった父親の形見であるということもあるが、メガネ越しに見ることにより、一応はその“観る力”を押さえることができていた。 「……。」  撫子は何の気なしに、窓から外の景色を眺める。撫子のクラス(二年三組)は鉄筋校舎三階にあり、ちょうど見えるグラウンドでは三年生が持久走をしている。  撫子はグラウンドへ顔を向けたまま、教室の音を聞く。  板書で削れるチョークの音。  黒板の方へ向いていても教室の隅々まで届く教師の声。  教科書をめくり、そしてノートを取るシャーペンの擦れる音。  小声で雑談する廊下側後方席の男子生徒。  クラスメイト含め、撫子の身の周りではなにも変わらない日常が繰り返されている。撫子は自分だけがその日常に入り込めてないように思えてしまう。  一人、教室に取り残される撫子。 「?」  撫子は雑音の中に、何かが聞こえた気がして耳をすます。 『………………ぃ』 『…………ぃぃ』  少年の声が廊下で反響している。 『…おいぃぃ』  そして少年の声は、どんどんと教室に近づいてくる。声のする方を、つまり撫子は開けっ放しの引き戸の向こうの廊下を見た。  廊下には不思議な少年が立っていた。紺色のボロボロの和服を着ていて、頭にはドンキなどで売っている馬の被り物をつけている。そして、その少年には右手と右足がなく、右足にあたる部分からは木の枝が延びて脚の代わりをしている。  少年とは見た目の話で、この者は妖怪であった。 『ッ!』  撫子はギョッとした。 『あおい』  妖怪は馬の被り物をしているので目を見ることができないが、撫子はその少年と目が合ったのが分かった。被り物をした妖怪は撫子を指差し、 『あおい』  あおい、とだけ言って、撫子の席へとやってくる。  驚いて固まる撫子。  そんな撫子へ、被り物をした妖怪は静かに抱きつく。 『あおい、あおい。』  被り物をした妖怪の声に抑揚は無く、無感情に『あおい』とだけしか言わない。
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