79人が本棚に入れています
本棚に追加
15分ほどバスに揺られ、撫子は高校にたどり着いた。
校舎は鉄筋の校舎と木造の旧校舎に別れており、旧校舎は部活動以外ではほとんど使われておらず、撫子たち生徒は皆、鉄筋の校舎で授業を受ける。トイレに幽霊が出ると噂があったりする、田舎によくある普通の高校だ。
撫子が到着した時間帯がちょうど休み時間だったこともあり、撫子はあまり目立つこと無く教室へ向かうことができた。
撫子は目線を下げ、なるべく足元のみを見るようにして歩く。教室に入り、自分の席へと向かう。
撫子に気づいたクラスメイトが「あっ、七御さん」と撫子に話しかける。
「……。」
撫子はそれに答えること無く、窓側の席に行って、黒渕眼鏡を机におき、腕を枕にして顔を臥せった。
クラスがざわつく。男子の二人組が、遠くから撫子を見て話をしている。
「七御のやつ、やっぱヤバそうだな……」
「……そりゃあオマエ、家族が亡くなってまだ一ヶ月もたってないんだぞ?」
二人組は心底心配そうに撫子を見ている。
この話は本当で、撫子は一ヶ月ほど前に、事故で家族全員を亡くしていた。
二人組の話し声が撫子の耳に届く。撫子は手の間からチラリとその男子生徒を見た。
「あっ、」
男子生徒と目があった。
その瞬間、撫子の飴色の瞳がうっすらと輝き、飴色の髪がふわりと風になびく。
不思議なことに、撫子の瞳に“その男子生徒が今何を思って、何を考えているか”が鮮明に映る。
撫子は慌てて目を閉じるが、撫子は強制的にその“男子生徒のこと”を見ることとなる。
瞳に写る男子生徒は言う。
『一ヶ月前』
『親父の運転する車が猛スピードで電柱に突っ込んだんだろ?』
『七御以外は全員死亡』
『確かに気の毒っちゃあそうだけど、実際、何があったんだろうな』
『聞くのはダメだよな。でも、知りてえよな』
『気になるな』
『聞きたいな』
『何があったか聞きたいな』
『だって面白そ━━━』
撫子は両目を、潰れてしまうのではないかというほどに強く瞑り、そして手を振り上げ、力任せに机を叩く。
『バンっ』
大きな音。クラスは静かになる。
撫子は目をつぶったままバックからイヤホンを取り出し、耳につけ、また机に臥せった。
撫子は一ヶ月ほど前から妖怪が見えるようになった。それと同じタイミングで、撫子の瞳はもうひとつ、あるものを映すようになった。それは“他人の心の中”、すなわち“本心”である。
撫子が他人を見たとき、具体的には主に“目と目が合ったとき”に、撫子の意思とは関係なく、相手の本心や記憶が撫子の瞳に映るのだ。
撫子はその力を、“観る力”と呼んでいた。
「……。」
少しして担任教師がやって来て、授業が始まる。
撫子は机に臥せったままだ。
やってきた担任教師が撫子に何か言うが、撫子はそれに反応せず、そのままの姿勢で授業を受け始める。
授業が中盤まで進み、撫子はようやく顔を上げる。目をつぶったまま顔を上げ、直ぐ様メガネをかけて、その後に目を開ける。
メガネに度は入っておらず、レンズはただのガラスで、つまりは伊達メガネだ。
どうしてメガネをかけるのか。
これが亡くなった父親の形見であるということもあるが、メガネ越しに見ることにより、一応はその“観る力”を押さえることができていた。
「……。」
撫子は何の気なしに、窓から外の景色を眺める。撫子のクラス(二年三組)は鉄筋校舎三階にあり、ちょうど見えるグラウンドでは三年生が持久走をしている。
撫子はグラウンドへ顔を向けたまま、教室の音を聞く。
板書で削れるチョークの音。
黒板の方へ向いていても教室の隅々まで届く教師の声。
教科書をめくり、そしてノートを取るシャーペンの擦れる音。
小声で雑談する廊下側後方席の男子生徒。
クラスメイト含め、撫子の身の周りではなにも変わらない日常が繰り返されている。撫子は自分だけがその日常に入り込めてないように思えてしまう。
一人、教室に取り残される撫子。
「?」
撫子は雑音の中に、何かが聞こえた気がして耳をすます。
『………………ぃ』
『…………ぃぃ』
少年の声が廊下で反響している。
『…おいぃぃ』
そして少年の声は、どんどんと教室に近づいてくる。声のする方を、つまり撫子は開けっ放しの引き戸の向こうの廊下を見た。
廊下には不思議な少年が立っていた。紺色のボロボロの和服を着ていて、頭にはドンキなどで売っている馬の被り物をつけている。そして、その少年には右手と右足がなく、右足にあたる部分からは木の枝が延びて脚の代わりをしている。
少年とは見た目の話で、この者は妖怪であった。
『ッ!』
撫子はギョッとした。
『あおい』
妖怪は馬の被り物をしているので目を見ることができないが、撫子はその少年と目が合ったのが分かった。被り物をした妖怪は撫子を指差し、
『あおい』
あおい、とだけ言って、撫子の席へとやってくる。
驚いて固まる撫子。
そんな撫子へ、被り物をした妖怪は静かに抱きつく。
『あおい、あおい。』
被り物をした妖怪の声に抑揚は無く、無感情に『あおい』とだけしか言わない。
最初のコメントを投稿しよう!