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撫子の“観る力”は人間だけではなく、妖怪にも使うことができた。だから撫子は、自身に近付いてくる妖怪が“自身に悪意があるかどうか”がなんとなく分かる。通学中に撫子を追いかけてきた三つ目の妖怪は、恐ろしいことに“悪意があった”。そういう妖怪からは逃げるのが先決なのだが、中には“なにも考えずに目的無くやってくる妖怪”もいる(撫子は、この飴色の髪や、そもそも妖怪が見える人間が珍しいから、好奇心で寄ってきていると考えている)。そういう妖怪は“無視する”ということを一貫して行っていた。大体の妖怪が、一時間、いや30分もしない内にどこかへ行ってしまう……のだが、この馬の被り物をした妖怪は違った。
「……。」
『……。』
馬の被り物をした妖怪は、撫子に抱きついたまま放そうとしない。そうこうしている内に授業が終わる。
「……。」
授業終わりの号令の後、撫子は力ずくでその馬の被り物をした妖怪を引きはがし(思うように力が入らず、少し手こずった)、通学バックを持って足早に教室を出る。
『待って。待って。』
早歩きで生徒の間をすり抜ける撫子の後ろを、馬の被り物をした妖怪がついてくる。
『待って。待って。』
撫子は階段を下り、渡り廊下の先、木造校舎三階の空き教室にたどり着く。この教室の鍵は壊れており(施錠していたとしても開けることができる)、常に入れる状態である。当然誰もやってくるはずがなく、撫子が見つけた穴場であった。
「……。」
『……。』
その穴場に飴色の少女(撫子)一人と、馬の被り物をした妖怪が一体。
撫子は窓側の席に、そして馬の被り物をした妖怪は横の席にちょこんと座っている。先に話を始めたのは、その妖怪から。
『元気ないか』
声には相変わらず抑揚がない。
「……。」
撫子は無視を決めこみ、なにも聞こえていない体でいる。撫子は通学バックに手を伸ばし、中からお昼御飯を取り出した。おにぎりが1つと、120ミリリットルパックのお茶が一本。
『元気ないか』
妖怪の問いに答えず、撫子はおにぎりの封を開け、口に運ぼうとして、止める。
「……。」
活力の無い瞳でおにぎりを見つめる。
撫子には食欲が無かった。
ふと、撫子は妖怪の方を見る。
馬の被り物は首をちょこんと横に傾ける。
撫子は口を開く。
「あなた、名前は?」
撫子の声は透明感のあるソプラノで、辺りの空気を心地よく揺らす。美しさとは裏腹に、その声に活力は感じられない。
妖怪は首を傾げ、復唱。
「なまえ、か。」
妖怪は名を名乗らず、「んん」、と腕を組んで首を傾げる。撫子はそんな妖怪のことを、少し可愛いな、と思った。
撫子は手に持っているおにぎりを妖怪へ見せる。
「これ、食べたい?」
『うん。食べたい。』
「じゃあ、あげる」
『いいのか。』
撫子は、うん、と頷いたあと、言葉を続ける。
「帰ってくれるんなら、あげてもいいよ」
妖怪はコクリと頷き、おにぎりを受け取って立ち上がる。『ぷれぜんと、ぷれぜんと』とその場で二回ジャンプ。
撫子の瞳がかすかに光り、髪の毛がそよぐ。
撫子は、ふふ、と笑む。妖怪が本心から喜んでいるのが分かったから。
妖怪はおにぎりを懐へしまい、嬉しそうに教室の周りを走ったあと、
『またあした。』
と言って手を降り、教室から出ていく。しまった、と撫子は思った。あの妖怪は明日も来るらしい。
「……。」
まあいいか、と撫子は心の中で呟く。
撫子はお茶に手をつけず、バッグにしまった。そしてイヤホンをつけ、眼鏡を外し、組んだ腕を枕にして机に臥せる。
窓から指す日の光は太陽が天辺にあるので教室へ差すことはない。明かりのついていない教室は薄暗く、臥せる撫子に影を落とす。
開きっぱなしになっている撫子の通学バッグには、頑丈そうなロープが、わっかを作ってある状態で入っていた。
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