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1話 きっかけ
艶やかな黒髪を耳にかけなおし、ドアの前で腕を組むのは、生徒会・副会長の早見螢だ。長めのスカートを揺らし、仁王立ちする螢の脚は細めだが、ランニングが趣味なだけあり、淡く焼け、力強い。
「今日も麗しいね、僕の副会長くん」
螢が待つドアから優雅に入ってきたのは、生徒会長である八重樫樹だ。190をこえる長身のため、身長差が40センチもある螢の首は、ぐっと上を向く。
微笑みを絶やさず、ゆっくりと会長席に腰を下ろした樹に、螢は素早く向き直った。顔より大きめの丸メガネをかけ直すと、握っていた用紙を机に滑らせる。
「副会長くんの怒った顔も可愛いね。で、なにかな、これは」
「軽口ばっかり叩いてないで、しっかり用紙を見て!」
樹の淡いチョコレート色の髪は地毛だそうだ。透き通る白い肌に、長いまつ毛を揺らして用紙を読み取る彼は、高校2年生でありながら、今人気のトップモデルでもある。
学業優先ということでテレビの露出は少ないが、ティーンズ雑誌からハイブランドのモデルはもちろん、パリやアメリカなど、海外のファンションショーにも出ている樹は、世界に通じるトップモデルと言えるだろう。
そんな彼に物怖じすることなく、螢は腕を組み直し、樹の様子を伺う。
樹は細い指で自身の顎をつまみ、興味深げに頷いた。
「へぇ……。女子生徒が全員ショートヘアにする校則を希望、ね……面白いじゃないか」
「面白いじゃないし! これもアンタのせいでしょ! 探すのめっちゃ大変だったんだから!」
螢がバァン! と机の上に投げ置いたのは一昨日発売のファッション雑誌だ。今人気の若手女優がサーモンピンクの唇を、キュっとすぼめた表情でこちらを見つめてくる。
螢は雑誌に付箋をつけていたようで、手際よくページを開くと、半裸の樹が見開きで現れた。
「あー、これかぁ。副会長くん、僕の裸体、気に入ってくれたかな?」
「引き締まったいい体だけど、そこじゃ、ないしっ!」
彼の体を囲むように、小さな文字が並ぶ。その中のひとつ、マーカーが引いてある。
「これ! ここ! 『好きな女性のタイプはショートヘア』! これっ!」
「僕のこと、しっかり見ててくれていて嬉しいよ。でも、これは記者が間違ってる。僕が言ったのは、『好きになった女性は、ショートヘアだった』なんだよ? ねぇ、もうそろそろ、樹って呼んでよ、僕の副会長くん」
「うるさいっ! 言った言わないより、記事がそうなってるのが問題なんで! 校則変更希望名簿は、ちょうど30名。これで全校投票しなきゃいけないのわかってます? アンタが会長になって、これで4回目! アンタの発言で校則が変わりそうになってんの、4回目だから!」
「僕の任期はあと10ヶ月、かな? 記録を作っていこうじゃないか」
「バカでしょ? 発足して2ヶ月目で、すでに4回もあるの、おかしいから!」
やれ制服のリボンはネクタイがいいだの、朝のランニングは日課にすべきだの、髪の毛の色は黒がいいだの、樹がぽろりとこぼした言葉ばかりが校則になろうと提案され続けているのである。
余計な仕事と、螢は大きなため息を落とすが、樹はにこにこと微笑み、軽口を叩くばかり。
「なんで、副会長なんか、引き受けちゃったんだろ……」
──この学園の生徒会長は、2年生全員の『容姿』で決まる。
理由は、『この学園の生徒会長は、美しくなければならない。』と、校則で決まっているから。
芸能科、普通科があるが関係ない。
顔はもちろん、身長、体型などを基準に加点していき、得点の高い上位10名が選ばれる。
そこから全校生徒に3ポイントが与えられ、振り分けてもよし、全振りでもよし、とにかく投票ポイントが一番高かった者が生徒会長となるのだ。
そして、副会長は2名選出される。
生徒会長の指名が基本だが、候補がいない場合や、受けて貰えなかった場合など、他薦から選ぶ流れだが、今回はどちらも会長の指名となる。
その1人が螢であり、もう1人は樹の幼馴染である、守塚快斗だ。
「ごめんね、螢ちゃん」
「なんで守塚くんが謝るの? 全部、コイツが、悪い!」
「痛い! 副会長くん、眉間に指、突き立てないで。痛いっ!」
金髪のゆるふわボブを揺らし、螢の手をそっと取るのは、会計の山下瑠々だ。
瑠々はティーンズファッション雑誌の常連モデルでもある。だが気さくな性格と、行動力もあることから、学園での人望は厚い。
そのため、副会長候補として、他薦でかなりの票が集まっていたのと、螢との仲が大変良かったこともあり、会計に任命された経緯がある。
「螢っち、落ち着いて? ね?」
えくぼを浮かばせ微笑む瑠々を見て、螢は頬が赤らんでしまう。
これは彼女のチャームポイントだ。タレ目なところも高ポイント!
螢は、憧れでもある瑠々の可愛らしさに押され、手を素直に引っ込めた。
「螢副会長は瑠々さんにはヨワヨワ……と。追加エピ、メモしなきゃ……」
スマホに書き留めているのは、書記の朝比奈陽菜。
1年で生徒会に入っているのは彼女だけなのだが、理由がある。
情報収集力が、半端ない!
有名人が揃う生徒会は、変な噂が流れれば瞬く間に人気が落ちる。
人気=支持率であり、これが落ちれば、解散選挙もありえる。過去に3回生徒会が変わったこともあるほどだ。
そういった情報操作の関係で、陽菜は生徒会に所属している。
「螢っち、準備しなきゃ、だよね?」
瑠々の声に螢は重い腰を持ち上げた。
「集まったものは無碍にできないよね。……よし、守塚くん、投票準備のシステム、お願いできます? 私、1年生のデータ、確認します」
「わかったよ。ほら、樹も文言考えて」
「快斗、文言っていっても『好みなんで』しか言いようがないんだけど。あ、陽菜、文章のアドバイスちょうだい」
「しょうがないですね」
自由な校風がウリでもある当学園は、校則の発案がしやすい。理由は『時代によって必要な校則が変わる』という、学園長の考えによる。
そのため、手軽に校則変更が行えるようにと、校則申請や校則決定投票など、全てシステム化。スマホと生徒のIDひとつで、全てが完了できるようになっているのだ。
そのシステムを管理するのも生徒会の仕事なのである。
「ねぇ、螢ちゃん、この校則決まったらどうする?」
「守塚くんの急な質問、怖いんだけど」
「今まで質問から何かしたことある? ないでしょ?」
「爽やか系イケボ男子に気をつけろと、私のゴーストが囁くのです」
「なにそれ」
快斗と並んでパソコンをいじる後ろで、瑠々はお茶だしなどサポートに回ってくれている。
陽菜は会長の横で指を差しながら怒鳴りつづけている。文章へのダメだしだが、数が多い。会長のヘタレ具合がよくわかる。
螢はパソコンを見たまま、快斗の質問に小さく唸るが、答えをだした。
「この校則が決まったら……校則が反映されるのは3週間後だから、その間に、自由なヘアスタイルにできる校則を立ち上げ、勝ち取る……かな? だって、うちは普通科と芸能科があって、芸能科は仕事で髪型はいじれないじゃない? 髪の色だってそう。ショートヘアだけ、なんてなったら、みんなウィッグつけて登校しなきゃいけなくなるし」
「おー! やっぱ、螢ちゃんはしっかり生徒のこと考えてて偉いよ。副会長になってくれてよかったー」
「なら、あなたの幼馴染に、もっと生徒のこと考えろって、言い聞かせてくれませんかね? 私の仕事が激減するんですが」
「彼はねぇ、ご存知の通り、バカだからね……。でもさ、この校則に、結構、熱こもってない?」
「バレました? 私、このロングの黒髪しか可愛らしさがないんで、絶対切りたくないんです」
螢が黒髪をさらりと撫でたとき、会長のデスクから声が届く。
「僕の副会長くん! 陽菜とかわってくれないか! 怖いんだけど!!! めっちゃ怒鳴られる! やだ! 僕、副会長くんがいいっ!」
「陽菜だって怒鳴りたくないです。怒鳴られる程度のオツムしかない自分を恨んでくださいっ」
「私も陽菜ちゃんの言う通りだと思います。システムの見直ししてるんで、静かにお願いしますね」
「えーー! 副会長くん、お・ね・が・い!」
樹はキメ顔を作ると、流し目の攻撃にでる。
ウインクの弾丸を螢に降らせるが、目を細めるだけで、にこりともしない。
普通の女子なら、赤面は当たり前。ファンの子なら腰が砕けてもおかしくはない。
だが螢には全く響かないのだ。むしろ、引かれているくらいだ。
「陽菜ちゃんと仲良く、がんばってください」
改めて流れた髪を耳にかけ、メガネを人差し指でつと上げながらパソコンを見る姿に、快斗は小さく笑う。
「螢ちゃんは、手強いねぇ」
「どう言う意味です?」
「深い意味はないよ?」
パソコンの横にコーヒーが置かれた。
瑠々の気遣いだ。ブラックのコーヒーから、熱い湯気が揺れる。
「はい、螢っち。ねー、会長のこと、手伝ってあげたら? あんなに言ってるんだし」
「会長にこんなに振り回されてるのに?」
「会長なりに考えてるって」
「瑠々は優しいね。私も瑠々みたいになりたい……。けど、今日は手伝わないっ」
「手伝ってよ、副会長くーーーん!」
「うるさいっ!」
───この校則は、やはり、結果として票は集まらず、実施には至らなかったのだが、きっかけにはなった。
バッシングのきっかけだ。
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