10話 ふたりの過去

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10話 ふたりの過去

 いきなり切り出された過去に、樹は手元の用紙を盛大に床にぶちまけた。  典型的な動揺の仕方だなと、螢は視線だけで確認する。 「そ、そういうのってさ、なんか、改まってする感じじゃない!?」  床に広がった用紙を束ねた樹は叫ぶが、螢は目すら合わせず、パソコンと書類を見比べている。 「……だって、顔を見て、話せないと思って」  螢の横顔が見える。  ざっくり切り落とした髪の毛からの、ショートヘアスタイルだ。耳はだされ、襟足もかなり短い。唯一、長めの前髪が前の名残りといえる。  そのため、すっかり見える耳は、真っ赤に染まっていた。螢自身も、覚悟をして、話たのだ。  改めて椅子に腰掛け直した樹に、 「あのときの会長は、もっと、こう、ぽっちゃりでしたよね」  そう来るかと、樹は息を、飲む。 「……あのときの僕は、気持ちが、悪かった、よね……」 「は!? なわけないし! めっちゃカッコ良かった! ……し」  螢は自分で言いながら、さらに顔を赤らめた。  両手で顔を覆う螢に、会長も両手で顔を隠す始末。 「……えっと、うん、ちゃんと、話すよ」  そう切り出した樹も茹で蛸だ。  むしろ、額から汗が流れ、押さえるハンカチが離れない。 「……その、君はどうかわからないけれど、僕にとっては、とても素敵な思い出なんだ……不良たちをなぎ倒しながら、裏路地を2人で走り抜けて……」  螢はその言葉に何度も頷いて見せる。 「それは、私も! ……会長が殴って、私が蹴ってって、ホント爽快で、なんか、笑えて……誰にも言えないけど」  そりゃ、そうだろうね!!!(叫)  生徒会長室の扉の隙間から、2人の様子を観察していた快斗と陽菜は、声に出さずに叫んでいた。  ちなみに、麗華には、叫ばないように口にハンカチを詰め込み、しっかり腕は掴んだままだ。そうしなければ、叫んで飛び込みかねない。今も鼻息荒く2人をガン見し続け、体勢も前のめりである。  飢えた獣同然の麗華を掴みながら、陽菜は残念そうに呟いた。 「陽菜的には、もっと2人の出会いは、ドラマチックだと思ってました……それこそ、ナンパされて動けない螢先輩を守った、みたいな……」 「オレだってそうだよ。樹からは、女の子を助けたんだって言われたから、爽やかな青春を想像してたのに……! 結局は大量の不良を2人でのしてるだけじゃん……」 「確かに先日の見事な制圧で、気づくべきだったのかもしれません……。でも、あれはアレ、これはコレで、こう、もっとなんか、なんかぁぁー」 「陽菜、わかるぞ。オレはお前の気持ち、わかるぞー」  当の2人は、より赤面させて、会話が進む。 「……ただ、僕はそのときの君に、一目惚れ、してしまったんだ……あれからボクシングジムにも通って、痩せてから、君に会おうと思って……高校まで、追いかけてしまった……容姿の関係で芸能科になったのは、誤算だったけど」  螢の目は、大きく見開いた。  『高校まで追いかけた』それは、どういう意味なのか、螢は固まる。 「……え…………ストーカー……?」  螢の顔には『ドン引き』と書いてある。 「あ、いや! 違うから! 違う! その、君の同級生に、関川って女子がいたと思う! それが、僕の従姉妹で!!! 決して、家まで突き止めてとか、そういうのではなく!!!!」  その言葉に、螢は合点がいった。  ちょうど高校進学を決める辺りで、関川がやたらと絡んできたのだ。今まで会話などしてこなかったのに、だ。  ただひょんな事から、好きな2.5次元俳優が同じということを知り、意気投合。現在も隔月で推し会を開く仲である。 「……私は、この高校を選んだのは、進学校でもあるけど、芸能科を見て可愛いを学べるかなって。あのとき言われた、カッコいいって言葉がショックで。だから、あの日から髪を伸ばしてて。……また会えたとき、可愛いって言われたかったから……」  樹は椅子を倒しながら立ち上がり、土下座の勢いだ。 「確かに、ショートヘアが好みになってしまったのは否定しないが、君のロングヘアも大好きだったよ! 耳にかける仕草が可愛かったし、小さい耳がチャームポイントで、メガネを直す仕草も相まって」 「あーー! それ以上言わないで! ……なんか、身が持たない!」  耳を押さえながら悶える螢だが、ちらりと樹を見る。 「でも、ロングは、自分らしくないって気づいたけどね……」  樹の視線が螢に刺さった。  いつものふにゃふにゃした空気じゃない。  凛と張り詰めた空気に、思わず螢の背筋が伸びる。 「改めて言うよ。僕は、髪の短い君も、長かった頃の君も、どちらも、……大好きだ」  螢はその言葉に、再び固まるが、反射のように言葉が出てきてしまう。 「私じゃ、釣り合わな」 「釣り合う釣り合わないは関係ない。君の気持ちは?」  かぶされた言葉に押されるように、螢は立ち上がった。  螢は腕を組んで、自分のデスクに寄りかかりながら、深紅の天井を仰ぐ。  ここで答えない、という選択も、もちろんある。  だが、螢は答えることを選んだ。  これ以上、眠れない日々を重ねたくない。  自分の気持ちに、整理をつけよう──  螢はゆっくり息を吐きだす。  そして、頬をパチリと叩くと、ボソボソと言葉を繋げはじめる。 「……私だって、中学のときから、その、一目惚れ、してて……まさか、こんな再会になるなんて……ただ、正直に言って、会長の彼女になりたい人は世界にいっぱいいると思う、から、その、」 「その?」 「……やっぱり、私なんかって。……ようやく会えたのに……まさか、会長だったなんて……。現実が私を追い越してて、気持ちが」  樹はデスクに寄りかかる螢を逃さないように、彼女を挟んで手をかける。  目の前を見ると、樹がいる。  覗きあげてくる顔が、すごく近い。 「僕は、螢くんが、大好きだ。……君は?」  あまりの強い視線。  目を逸らすことすら許されない。  螢は、ぎゅっと目を瞑る。 「僕は、覚悟はできてる」  螢は、一度、カラカラの口で、唾を飲む。 「……しゅ、」 「しゅ?」 「……し、す、好きですっ!」  螢の告白を聞いて、額に樹の手がかかる。 「嬉しいよ」  あまりに優しい声音に、螢は瞼を開いてしまった。 「目を開くのは、今はなしで……」  樹の大きな手が、螢の目を覆う。  肌が伝えてくる。  樹の息づかいがそばにあると、教えてくる。  ──唇が近い……!  唇の先が触れあった瞬間、 「「「わぁああっ!!!!」」」  生徒会室の扉が開き、転がり込んできたのは、3人だ。  樹と螢は距離を取る。  瞬間的な動作だが、彼らの強さが垣間見れる。咄嗟のジャンプで、適度な距離を保ったからだ。  そんな螢の足元に、ダイオウグソクムシが転がってきた。これは、陽菜のスマホカバーで間違いない。 「気色わるっ……」  取り上げ、見えた画面に、螢は釘付けになる。 「……なに、これ!?」  その画面には、送信済みとなった2人のキス写真が!  さらに、メッセージグループが『新聞部』とある。 「ちょっと! まだ、キス、してないんだけど! これ、めっちゃしてる風の角度じゃん!!!」  陽菜は螢からスマホをもぎとると、叫び声を上げる。 「……はぁああ??? あーーーー! メモするルーム間違えたんだ!!! え? 送信済みって、転がった反動!? もう、既読!?」  陽菜は写真を素早く消去するものの、即、新聞部から返信がくる。 『保存済みでございますよ。そして、ぼくらも鬼じゃありません。取り引きには応じます。発表のタイミングもそちらに合わせますが、ぼくら新聞部が、一番、ですので!』
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