5人が本棚に入れています
本棚に追加
10話 ふたりの過去
いきなり切り出された過去に、樹は手元の用紙を盛大に床にぶちまけた。
典型的な動揺の仕方だなと、螢は視線だけで確認する。
「そ、そういうのってさ、なんか、改まってする感じじゃない!?」
床に広がった用紙を束ねた樹は叫ぶが、螢は目すら合わせず、パソコンと書類を見比べている。
「……だって、顔を見て、話せないと思って」
螢の横顔が見える。
ざっくり切り落とした髪の毛からの、ショートヘアスタイルだ。耳はだされ、襟足もかなり短い。唯一、長めの前髪が前の名残りといえる。
そのため、すっかり見える耳は、真っ赤に染まっていた。螢自身も、覚悟をして、話たのだ。
改めて椅子に腰掛け直した樹に、
「あのときの会長は、もっと、こう、ぽっちゃりでしたよね」
そう来るかと、樹は息を、飲む。
「……あのときの僕は、気持ちが、悪かった、よね……」
「は!? なわけないし! めっちゃカッコ良かった! ……し」
螢は自分で言いながら、さらに顔を赤らめた。
両手で顔を覆う螢に、会長も両手で顔を隠す始末。
「……えっと、うん、ちゃんと、話すよ」
そう切り出した樹も茹で蛸だ。
むしろ、額から汗が流れ、押さえるハンカチが離れない。
「……その、君はどうかわからないけれど、僕にとっては、とても素敵な思い出なんだ……不良たちをなぎ倒しながら、裏路地を2人で走り抜けて……」
螢はその言葉に何度も頷いて見せる。
「それは、私も! ……会長が殴って、私が蹴ってって、ホント爽快で、なんか、笑えて……誰にも言えないけど」
そりゃ、そうだろうね!!!(叫)
生徒会長室の扉の隙間から、2人の様子を観察していた快斗と陽菜は、声に出さずに叫んでいた。
ちなみに、麗華には、叫ばないように口にハンカチを詰め込み、しっかり腕は掴んだままだ。そうしなければ、叫んで飛び込みかねない。今も鼻息荒く2人をガン見し続け、体勢も前のめりである。
飢えた獣同然の麗華を掴みながら、陽菜は残念そうに呟いた。
「陽菜的には、もっと2人の出会いは、ドラマチックだと思ってました……それこそ、ナンパされて動けない螢先輩を守った、みたいな……」
「オレだってそうだよ。樹からは、女の子を助けたんだって言われたから、爽やかな青春を想像してたのに……! 結局は大量の不良を2人でのしてるだけじゃん……」
「確かに先日の見事な制圧で、気づくべきだったのかもしれません……。でも、あれはアレ、これはコレで、こう、もっとなんか、なんかぁぁー」
「陽菜、わかるぞ。オレはお前の気持ち、わかるぞー」
当の2人は、より赤面させて、会話が進む。
「……ただ、僕はそのときの君に、一目惚れ、してしまったんだ……あれからボクシングジムにも通って、痩せてから、君に会おうと思って……高校まで、追いかけてしまった……容姿の関係で芸能科になったのは、誤算だったけど」
螢の目は、大きく見開いた。
『高校まで追いかけた』それは、どういう意味なのか、螢は固まる。
「……え…………ストーカー……?」
螢の顔には『ドン引き』と書いてある。
「あ、いや! 違うから! 違う! その、君の同級生に、関川って女子がいたと思う! それが、僕の従姉妹で!!! 決して、家まで突き止めてとか、そういうのではなく!!!!」
その言葉に、螢は合点がいった。
ちょうど高校進学を決める辺りで、関川がやたらと絡んできたのだ。今まで会話などしてこなかったのに、だ。
ただひょんな事から、好きな2.5次元俳優が同じということを知り、意気投合。現在も隔月で推し会を開く仲である。
「……私は、この高校を選んだのは、進学校でもあるけど、芸能科を見て可愛いを学べるかなって。あのとき言われた、カッコいいって言葉がショックで。だから、あの日から髪を伸ばしてて。……また会えたとき、可愛いって言われたかったから……」
樹は椅子を倒しながら立ち上がり、土下座の勢いだ。
「確かに、ショートヘアが好みになってしまったのは否定しないが、君のロングヘアも大好きだったよ! 耳にかける仕草が可愛かったし、小さい耳がチャームポイントで、メガネを直す仕草も相まって」
「あーー! それ以上言わないで! ……なんか、身が持たない!」
耳を押さえながら悶える螢だが、ちらりと樹を見る。
「でも、ロングは、自分らしくないって気づいたけどね……」
樹の視線が螢に刺さった。
いつものふにゃふにゃした空気じゃない。
凛と張り詰めた空気に、思わず螢の背筋が伸びる。
「改めて言うよ。僕は、髪の短い君も、長かった頃の君も、どちらも、……大好きだ」
螢はその言葉に、再び固まるが、反射のように言葉が出てきてしまう。
「私じゃ、釣り合わな」
「釣り合う釣り合わないは関係ない。君の気持ちは?」
かぶされた言葉に押されるように、螢は立ち上がった。
螢は腕を組んで、自分のデスクに寄りかかりながら、深紅の天井を仰ぐ。
ここで答えない、という選択も、もちろんある。
だが、螢は答えることを選んだ。
これ以上、眠れない日々を重ねたくない。
自分の気持ちに、整理をつけよう──
螢はゆっくり息を吐きだす。
そして、頬をパチリと叩くと、ボソボソと言葉を繋げはじめる。
「……私だって、中学のときから、その、一目惚れ、してて……まさか、こんな再会になるなんて……ただ、正直に言って、会長の彼女になりたい人は世界にいっぱいいると思う、から、その、」
「その?」
「……やっぱり、私なんかって。……ようやく会えたのに……まさか、会長だったなんて……。現実が私を追い越してて、気持ちが」
樹はデスクに寄りかかる螢を逃さないように、彼女を挟んで手をかける。
目の前を見ると、樹がいる。
覗きあげてくる顔が、すごく近い。
「僕は、螢くんが、大好きだ。……君は?」
あまりの強い視線。
目を逸らすことすら許されない。
螢は、ぎゅっと目を瞑る。
「僕は、覚悟はできてる」
螢は、一度、カラカラの口で、唾を飲む。
「……しゅ、」
「しゅ?」
「……し、す、好きですっ!」
螢の告白を聞いて、額に樹の手がかかる。
「嬉しいよ」
あまりに優しい声音に、螢は瞼を開いてしまった。
「目を開くのは、今はなしで……」
樹の大きな手が、螢の目を覆う。
肌が伝えてくる。
樹の息づかいがそばにあると、教えてくる。
──唇が近い……!
唇の先が触れあった瞬間、
「「「わぁああっ!!!!」」」
生徒会室の扉が開き、転がり込んできたのは、3人だ。
樹と螢は距離を取る。
瞬間的な動作だが、彼らの強さが垣間見れる。咄嗟のジャンプで、適度な距離を保ったからだ。
そんな螢の足元に、ダイオウグソクムシが転がってきた。これは、陽菜のスマホカバーで間違いない。
「気色わるっ……」
取り上げ、見えた画面に、螢は釘付けになる。
「……なに、これ!?」
その画面には、送信済みとなった2人のキス写真が!
さらに、メッセージグループが『新聞部』とある。
「ちょっと! まだ、キス、してないんだけど! これ、めっちゃしてる風の角度じゃん!!!」
陽菜は螢からスマホをもぎとると、叫び声を上げる。
「……はぁああ??? あーーーー! メモするルーム間違えたんだ!!! え? 送信済みって、転がった反動!? もう、既読!?」
陽菜は写真を素早く消去するものの、即、新聞部から返信がくる。
『保存済みでございますよ。そして、ぼくらも鬼じゃありません。取り引きには応じます。発表のタイミングもそちらに合わせますが、ぼくら新聞部が、一番、ですので!』
最初のコメントを投稿しよう!