2話 バッシング

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2話 バッシング

 始まりは小さなものだった。 『あの女副会長、生徒会に、合ってないんじゃない?』  早見螢、彼女のことだ。  彼女は黒髪ロング、日焼けした肌に、メガネ姿。小柄な女子だが、派手さは全くなく、特技もこれといってない。唯一、学業はトップ、というぐらい。  一方、もう1人の副会長である守塚快斗は、芸能科ではないものの、爽やかイケメン系&イケボの持ち主だ。会長選出の際、次点ではあるが名前が上がっていたほど。今は、しっかりファンクラブもあり、男性会員も多いのが特徴だ。  会計の山下瑠々は、言わずもがなJKモデルの代名詞といってもいい。むしろ女子中高生で彼女を知らない人はいないだろう。明るく、ポジティブな行動力のある彼女は友人も多く、公私共に目立つ存在だ。  書記の朝比奈陽菜は、実はアイドルグループ『すまっしゅ』のメンバーだ。持ち前の身体能力を生かしたキレのあるダンスと、ディスる系トークがウリの元気系ポジションにいる。ちなみに、歌は大変下手である。  ……こう並べると、なんの特技もない螢は、見た目も然ることながら、生徒会に似合わないと言われても仕方がない部分はある。だが、人一倍生徒会の仕事はこなしていたのは事実だ。 「……これはちょっとマズいですね」  陽菜はパソコン画面を睨む。  小さな声が重なったことで、大きな声になりつつあったのだ。  副会長選任の異議が、上がったのである。  システム化をしているため、そういった小さな声の積み重ねも見えやすい。  ただ校則提案と違い、全生徒の3分の1の名簿が集まらないと、副会長の再選考とはならないが、この調子だと、数日かからず、目標数に達してしまうのは明白だ。 「もって、あと2日の命って感じ」  螢はぼやきながらも、納得できる部分が多いため、返す言葉も出てこない。  まだ来ない会長席にどかりと腰を下ろすと、螢はクルクルと椅子を回しだす。 「……はぁ。もっと私になんかあったらよかったんだけど……」  天井に向けて言葉を吐き出す様は、生きた屍だ。  そこに陽菜がひょっこり顔をだす。 「陽菜としては、螢副会長には、いてもらわないと困るんですよ」 「なんで?」 「それは、まー、色々あるんですけど、一番は、この生徒会が回らないってことです」 「守塚くんがいれば、問題ないじゃん」 「やめて! オレに樹の暴走は止められないし! 螢ちゃん、弱気にならないで。大丈夫、樹がなんとかするからっ」 「そうだよ、螢っち」  今日は撮影後に登校となった樹が、こざっぱりした顔で生徒会室に入ってきた。 「いやぁ、今日は温泉の撮影で」  入るや否や、快斗が樹にスマホをつきつける。  画面には、異議申立の表示がある。 「これを見ろ、樹。わかるか、文字読めるかー」 「……ん……は? はぁ!?」 「樹の副会長くんが、危機だぞー」  その言い方に、螢の目が鋭く光る。勘弁、と言いたげに、快斗は両手を上げて肩をすくませるが、樹はもぎとったスマホにかぶりつく勢いで状況を読み込んでいく。 「なぜもっと早く言わないっ!」  快斗にスマホを突き返すと、 「すぐ、行動に出る。何が、生徒会に不相応だ……っ!」  樹は吐き捨てるように言い切ると、椅子に座る螢に、深々と頭を下げだした。 「心配をかけてしまった。対応が遅くなり、申し訳な」  椅子を転がす勢いで螢は席を立ち、頭を上げさせたが、ハの時の眉毛が物語っている。  ──そこまでしなくていい。  言葉にしなくとも、そう聞こえてくる。 「いつもの戯けた会長はどこ行ったんです? こんなの、笑って済ますと思ってた」 「これは違う。こういうのは、放っておけばおくだけ大きくなって、君への当たりに繋がる。早めに対処するのがセオリーだろ?」  言っていることはわかる。  だが、螢は腕を組み直すと、咳払いをした。 「そこまで言ってくれて嬉しいですけど、残れなくてもだいじょ」  言い切る前に、樹の顔が螢に寄る。  鼻と鼻が触れるほどに近づいた樹の顔は、真剣だ。  いや、怒りが込められているといっていい。  小さくつり上がった眉と、視線の強さが、螢の心に刺さる。  さらに、螢の肩を握る手は大きく、そして、痛い── 「僕はぜんぜん、大丈夫じゃない……! だって、君のいない生徒会は、ミルクを入れないカフェオレみたいなものだろ!」  言われた螢だが、髪を耳にかけ直すことなく、首をかしげて見せた。  その動作に、意味が伝わっていないと感じた会長は、恥ずかしいのか鼻先を手の甲で拭うと、言い直した。 「……ようは、生徒会として機能しないってことだよ。快斗、悪いが演説の用意。明日の昼に放送するように放送部に連絡。陽菜、原稿を頼む。山下は、みんなのサポートを頼みたい。僕の副会長くんは、仕事しづらいだろうから、休んでいて構わないよ」 「私のことなのに、休めますか!」  螢は眼鏡を少しずらし、作業の手伝いを始める。  長い髪の毛で顔を隠したつもりだが、今、絶対、耳まで赤い。さらには、心臓の音が、みんなに聞こえていないかとハラハラする。  もってかれた……!!!!  心の中の螢が、地面に膝をつき、呆然としているのがわかる。  いつものおどけた流し目ではない、樹の本気の表情。  ふわりと香水の香りがどこか非現実的で、視線の強さが、一目惚れしたあの人に、なぜか重なって…… 「…………やられた……」  唐突な『男らしさ』は、螢の心を乱し続ける。  なによりも、螢自身のことを真剣に怒ってくれていることが、大きく大きく揺さぶってくる……!  真剣に怒った顔も綺麗だなんて、卑怯だな……  螢は首を振り、気持ちをどうにか振り払うと、快斗の手伝いに入っていく。  いつものように動きだした螢を見て、安堵の笑みを漏らす会長に、コーヒーが置かれた。それにスプーンが差し込まれたが、レモン色のジェルネイルが指先を覆い、持ちづらそうだ。 「会長、ミルク3つ、砂糖が1つ、ですよね」  瑠々だ。丁寧にミルクを入れ、さらに1本のスティックシュガーが注がれる。くるくると回すスプーンの動きは、どこかねちっこい。  すぐに樹はカップを取り上げ、飲み込んだ。 「ありがとう、山下。……他に、何かあったかな?」 「あの、会長、大丈夫でしょうか……?」 「なんのことだろう」  瑠々は一層会長に近づくと、声をそっと潜める。 「……あの、あたしは心配なんです。螢っち、がんばりすぎちゃいませんか……? このまま、生徒会にいて、大丈夫でしょうか……」  樹はそっと瑠々の肩を押すと、微笑んだ。 「それは僕がフォローするよ。彼女を副会長に決めたときだって色々あったが、どうにかしたしね」  その言葉に、瑠々は大きな瞳をさらに開く。 「……こんなことに、なってても、ですか?」 「もちろん。副会長くんの魅力を伝えきれなかった僕の責任だからね」  話はおわり、というように、書類に向き直った樹に、瑠々はまだ離れない。  「……でも、あたしに、螢っちのこと、頼んでくださいっ」  スカートを握り訴える瑠々の顔に、樹は美しい笑顔を返す。 「ごめんね。僕が、したいんだ」  さらに目を細めて言う樹に、瑠々は目を伏せた。噛む唇から、血が滲む。 「あの、瑠々先輩、コーヒーくれますっ?」  そう声をかけたのは陽菜だ。  すぐにカップが届いたが、コーヒーをこぼす勢いだ。陽菜はその手首を掴んで言う。 「原稿作るのって、結構頭使うんで、コーヒー、いいんですよ。瑠々先輩もそうじゃないです? ……結構、頭使いますよね」 「なに? あたしは、会計だから……今は、月の収支ぐらいだし」 「そう、ですか?」  放送部との時間割を作る快斗の横で、螢は会長が話す背景を決める作業に入っていた。 「こういうときって、謝罪? なんになるの? でも、赤はさすがにないよね……」 「螢ちゃん、悩んでるね」 「私のことだし。どういう立ち位置で作業すればいいかわかんないけど、会長には敵を作って欲しくないからね、一応。……はぁ。柔らかな印象にならないかなぁ……緑とか、いいかな?」 「いいと思う。……しっかし、女性の好きなタイプコメントで、ここまでなるとはね」 「ホントに……でも、生徒会に合わないっていうのは、結構ショック」  言ったそばから笑う快斗に、 「守塚くんも、似合わないって思ってる?」 「いいや? 黒髪ロングにメガネなんて、ザ・生徒会じゃん」 「定番ってやつね」 「そう。外せないっしょ」  なるほど、と納得できるが、少し悲しい気持ちにもなる。  もっと可愛いを頑張らないと! そう拳を握ったとき、快斗から質問が飛んできた。 「ね、ちなみにさ、螢ちゃんって、どう言う人がタイプなの?」 「……え。その質問、なんか怖いんですけど」 「ただのキョーミだって。オレはねー、胸はCカップで、ヒップは80がいいなー。ウエストは50以下ね。あ、顔と性格は……どうでもいいかなっ!」  真面目な顔とイケボでスパッと言い切った彼を螢は微笑ましく見つめる。  ところどころゲスい雰囲気があったのだが、これで納得だ。 「……守塚くんなら、言ってもいいかな」  螢は自分に許可を出した。  口に出さないと、気持ちの整理がつけれない。いや、話したくなったと言った方がいい。  気持ちがガタガタして、会長に目がいってしまうからだ。 「ん?」 「私はその、……ホクロが多い人が好きで。……その、中学の時にね、その……一目惚れした、彼がいて、その人の首に3つならんだホクロがあって……」 「お、性癖ってヤツ?」 「そうなるの、かな。でも守塚くんも結構、エグいよね」 「そうなんだよね。なかなか3つ揃う子っていないんだよぉ。顔と性格はずしてるのにさー」  2人で現実に打ちのめされていたとき、声がかかる。 「快斗、副会長くんと楽しく話すんじゃない! 放送部との連携は?」 「今やってるよー」  そう言っている間に、3時間後には撮影に入ることに。
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