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3話 演説
会長と朝比奈書記が作った原稿は、完璧だった。
終始一貫したテーマとしては、『僕が選んだ副会長に文句言うのはお門違いだ』ということなのだが、どれだけ螢が優秀で、生徒会の仕事は見た目だけではないことも折り込み、しっかりとフォローはもちろん、さらに弁明、今後の課題と、有無を言わせない内容となっていた。
「……いい、会長だね」
螢の肩を叩く放送部部長に、螢は引き攣った笑いしか返せない。
うまく丸め込んだ原稿だが、自分の擁護が目一杯詰め込まれていたのだ。
気恥ずかしくなった螢は、その場を離れようとする。
「螢ちゃん、最後まで聞いてあげて」
快斗に肩を掴まれ、動けなくなるが、快斗はさらに語る。
「樹はね、1年のころ、君の学級委員の姿を見たことがあったんだって。それで副会長にしたがったんだ。だって、あいつ、バカだろ? 君がいないとヤバいんだー、マジ」
演台を挟んで語る会長の姿はいつもの姿と少し違って見える。
大人びた雰囲気もあり、そして、真剣な目だ。
距離が開くと、こうも違う雰囲気の人間に見えるのかと、螢はつい床を見る。
『彼女は私ども生徒会にとって、いなくてはならない人材です』
この言葉だけでも十分な気がする螢だが、瑠々がそれを聞いて笑っている。
「あんなこと言われたら、生徒会から逃げられないね。……何もないように、しないと、ね」
「たしかに、そうだね。気をつけなきゃ」
15分にも及ぶ演説だったが、終わったときには泣いている放送部員もいたほど、会長の演説は熱く、そして、力強い演説だった。
そう、樹には、カリスマ性がある。
だからこその生徒会長であり、トップモデルでもあるのだろう。一挙手一投足に、優雅で気品が満ち、説得力が見えるのだ。
この学園の生徒会長にとって、これは一番重要な要素かもしれない。
演台を下りて一息つく樹に、ミネラルウォータを渡しながら、螢は頭を下げた。
「あの、会長、……ありがとうございます」
「当然のことをしただけ。これで安心とはいかないだろうけど、僕は君を守るから。……よし、快斗、ホームページ内での文言について、相談いいかな」
サラリと恥ずかしげもなく『守る』なんて言ってしまう彼の背中が、頼もしく見えてしまう。
確かに、一度、守られたことがある。
一目惚れの彼に、だ──
中学の時、不良から助けてくれた彼は、小柄で、少しぽっちゃり系だったが、守ってくれた背中が最高に、カッコよかった!!!!
だから螢は、いつか憧れの彼に会えたら、少しでも可愛いと言われるように、今は空手もやめて、髪を伸ばして生活をしている。
だが、長い自身の髪を見るたびに、自分の弱さをさらけ出しているようにも感じ、嫌になるときがある。
【長い髪=か弱い女性】という潜在意識があるのかもしれない。さらに、空手一筋だった螢にとって、長い髪は邪魔でしかなかった、という側面もあるかもしれない。
螢は小さくため息をつく。
ようやく慣れてきたロングヘアが、自信をななくすきっかけになるとは思ってもいなかったのだ。
「どうかしました、螢先輩? 髪の毛、ぜんぜん痛んでないですし、キレイですけど?」
陽菜に言われ、つい握っていた髪の毛を、螢は離した。
「……そう? ありがと」
「いえいえ。これでバッシング、治まるといいですねー」
この放送が流されたあと、バッシングの勢いは、急速に衰え、消えてしまった。
……ように思えたのだが、それは表だけ。
水面下では、しっかりと黒い根が、生え続けていた。
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