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5話 自分の存在
あの演説から1週間が過ぎた今日は木曜日だ。
いつになく螢は機嫌が良かった。
「螢っち、なんか楽しそう」
「だって、瑠々と買い物にいけるんだもん」
「そんなの、友だちだから、フツーじゃん」
「ううん。だって、瑠々は学業の他に仕事もしてるから、ずっと無理だろうなって……。私、瑠々の雑誌はいつも見てるんだけど、私服とか、どんなのかいつも気になってたんだー。だって、瑠々、すっごくかわいいから」
「また褒めるー」
「ほんとのことだもん。私も、瑠々みたくなりたいな……」
「あたしは螢っちの黒髪ロング、羨ましいけど」
「これが?」
「うん。めっちゃ綺麗なストレートだし、つやっつやだし!」
「これ、唯一の女子ポイントだから」
「なにそれー。あ、あたし、サッカー部の部室に寄ってから行くね」
「グラウンドの件? わかったよー」
生徒会室にいくまでの間でも、螢は瑠々と歩いて話せるのが楽しくてしかたがなかった。
瑠々はそれでなくても友だちが多い。
かわいい瑠々からファッションのこと、ヘアスタイルのこと、いろんな女子力について聞きたいことがあっても、それができる時間は少ない。
基本的に、見て盗む! ……を頑張ってみてはいるが、瑠々のkawaiiは、螢には難しいジャンルだ。
いっそ、茶髪に色を抜こうかとも考えたが、それは勇気がなくてできないでいた。
理由は単純。
一目惚れした彼に、黒髪を褒められたからだ。
『黒髪、綺麗だね。……カッコいい』
だが、この二言目が余計だった。
【カッコいい】
これが螢の胸にぐっさり刺さったのだ。
ショートヘアだったから言われたのだと、螢はそれから髪を伸ばすことに専念。
少しでも可愛いと言われるように努力してきたのだが、空回りしているのではないか、という気持ちが日に日に強くなっている。
なぜなら、瑠々を見ていると、彼女らしい可愛さがあるように思うからだ。
螢は考える。
「私らしい可愛いってあるのかな……」
1人ぼやきながら、半地下の渡り廊下に差し掛かった。
生徒会室に行くにはここを通らなくてはいけないのだが、あまり、気持ちのいい場所ではない。
ジメッとして、薄暗い。
生徒会室のある棟には、実験室や実習室があるが、常に使われているわけではないので、人通りがないのだ。
一歩、踏み込んだとき、背後に気配がある。
「誰……」
振り返ると、男が2人。
だが、マスクをつけていて、判別ができない。
学年がわかるバッチも外されている。
「何の用ですか」
手元を見ると、大きなハサミがある。
「……瑠々様に近づくんじゃねぇ……お前のせいだ」
突き出されたハサミは髪の毛を狙ってくる。
素早くむきなおるが、隙をついて、左手首をもう1人の男に取られてしまった。
振り払おうと、かかとに力をこめたとき、左手を掴んでいた男がふっ飛んだ。
「副会長くん……っ!」
とっさに樹は螢の肩を抱えると、背で守るように体勢をつくる。
かばうように回される腕が螢に触れるが、イメージと違った。
確かに半裸の写真でも筋肉質だとは思っていたが、ただ締まっているだけじゃない。鍛えている硬さを感じる。
さらには、背中……
これほどに、頼もしかっただろうか。
いつも軽口を叩くだけの会長のはずだったのに、美しいモデルの細い背中だと思ってたのに、今は、強く、大きく、見える。
つい、螢の手は、会長の上着を握ってしまう。
「……おい、下がるぞ!」
2人の男は、それ以上何もせず、走り去ってしまった。
「副会長くん、大丈夫かい?」
「……うん」
会長の振り返りざま、素早く手を離すが、螢は急に恥ずかしくなる。
頼ってしまうなんて、自分らしくない。
そう思うが、会長はいつも通りのヘラヘラ笑顔だ。
「ちょっと嬉しかったな、今」
そう言って、螢の右手を指さした。
上着を握っていた手だ。
螢は手を隠すようにスカートを握り、より俯いた。
「ご、ごめん」
唐突に謝る螢に、樹はいつもより優しく微笑むと、もう一度あたりを見回した。
「なんだったんだろね、あいつら……なんか言われたり」
「……いたっ」
動かそうとした左手首に痛みが走る。
がっつり握られたせいで、少し捻ったようだ。
「部屋で手首の手当をしよう。他にケガは?」
「な、ないよ。大丈夫! 大丈夫だから……ありがとう……」
焦りながら体を見回してくる会長に、螢は一歩下がった。
「ちょっと、見過ぎ、だって」
「僕の副会長君が怪我なんかしたら、しばらく僕と会えなくなるじゃないか」
「……はぁ」
樹のいつもの軽口に、調子が戻された気がする。
だが、頭の中で、気になる言葉が響いていた。
『……瑠々様に近づくんじゃねぇ……お前のせいだ』
私のせいで、瑠々に危害が向いてるんじゃ……?
「本当に、大丈夫か、副会長くん」
「……今日は、生徒会、休みます」
「送る」
「だ、大丈夫!」
走り出した螢の肩を樹の手は掴めなかった。
すぐに見えなくなった彼女を見送るが、自身の手が憎くなる。
立ち尽くす樹の元へ、黒い廊下から、瑠々がゆっくりと現れた。
「会長、お疲れ様です。螢っち、帰るって言ってましたけど、どう、したんですか……?」
「……いや。なんでも。今日は部費の見直しの確認、だったね。さっさと終わらせようか」
そのまま歩きだした樹を、瑠々は睨む。
絶対に自分の隣を歩かない樹に気づいていた。
螢とは、となりを歩くのに、だ。
瑠々は手鏡で自身の顔を見直すが、絶対に、可愛い。
黒髪しか綺麗じゃない螢より、ましてや、アイドルの陽菜よりも、だ。
「会長、待ってくださいよぉ」
渡り廊下に、ぺたぺたと鳴る音が響く。
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