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【0か月】始まりのシフォンケーキ
カーテンの隙間から日射しが差し込む。
鎌田澪は「うーん」と唸ると、まぶたをゆっくり開いた。
セットしていた目覚ましを止めて、ベッドから起き上がる。
片手で肩を押さえて、首を左右に動かすと、
コキコキと音が鳴った。
(ハァ…今日も職探しかぁ…)
昨日は夜遅くまで求人を見ていたが、思うような職場が見つからなかった。
未経験の仕事も視野に入れて探したが、澪の能力をはるかに超えるものばかり…。
(人事マネジメントなんてあったけど、私には絶対無理…)
マネジメントという言葉で、職場の後輩だった遠藤零哉の顔が、パッと脳裏に浮かぶ。
(イヤイヤ…)
急いで手を振って打ち消す。
今、一番思い出したくない顔だった…。
仕事が決まらないと、趣味で描いている漫画も…描きづらい。
というかもう、何もしたくない。
このまま…溶けてしまいたい…。
「澪ーっ!」
母親の華絵が、1階から叫ぶ声が聞こえた。
「……起きてるってば」
ボソッとつぶやくと、部屋から出る。
洗面所に向かうと、制服姿の妹の渓がドライヤーをかけて髪を整えていた。
「ケイちゃん、おはよ」
「……」
「歯、磨いていいかな?」
「後にしてよ。どうせ今日1日暇なんでしょ」
ピチピチ女子高生は、反抗期まっさかり…。
澪が無職になってから、更に風当たりが強くなったような気がする。
7歳も歳が離れているせいか、澪はケンカする気になれなくて、素直にその場をどいた。
(トホホ……)
玄関では「いってきまーす!」の声がする。
一回り年下の弟の、涼がランドセルを背負って元気よく外へ駆け出していった。
朝食の場につくと、
華絵が「顔洗ってないの? 朝ぐらいシャンとしなさいよ」
と口やかましく言ってくる。
父親の武はすでに仕事に出かけたようだ。
柴犬のミルキーがワンワンと澪のそばに寄ってきた。
「ミルキー……」と抱きつくと、するっと腕の中から抜けていく。
「ミルキーまで……塩対応しないで」
澪は悲壮な声をあげる。
仕事に行く支度をしていた華絵が、あっ!そういえば、と言って澪を見た。
「今夜お客さん来るのよ。澪、何かデザートつくっといて」
「……え」
「この間みたいに焦がさんでよ」
「は? 誰が来るの?」
「友達の弥生ちゃん。じゃあ行ってくる。渓ー! そろそろ車出すわよー」
駅まで車に同乗する渓が、トタトタと階段を降りてくる。
澪が階段下にいるのを見て、顔をしかめる。
「……邪魔」
「……ごめん」と言ってその場から離れる。
バタンと閉じた玄関の前で…。
ミルキーと共に澪は、呆然と立ち尽くした。
弥生ちゃん?
誰……?
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