9人が本棚に入れています
本棚に追加
第6話 未解決事件の始まり
「三葉、そろそろ自力で歩け。お前の足は飾りか? あんま歩かねーと退化して縮むぞ」
「ええ! それほんと!? めっちゃヤダ!」
引きずられるようにして歩いていた三葉は、やっとちゃんと立った。
郁斗が三葉のカバンを投げ渡すと、それを受け取って「あり、がとう」と口を尖らす。不満げに三葉が郁斗を見上げてきた。
「ねぇ、さっきのって告白だよね?」
「さあな」
「郁斗、もしかして最初から私が告白されるってわかってた……とか?」
「っていうか、それ以外どう考えてもありえないだろ。なにが死体役の自己推薦だ。お前の脳みそはカニ味噌か。いつか頭かっぽじって食ってやろうか」
「カニ味噌じゃないよっ!」
「カブトムシの脳みそでも入れといたほうがまだマシだろ」
「なっ! ひっどーい! 郁斗のバカバカ!」
三葉は郁斗をばかすかと叩いたが、空手部だった郁斗に攻撃は効かない。逆に高い位置からデコピンをすると、三葉は「きゃ!」と悲鳴を上げた。
郁斗は額を押さえつけている三葉を放って、帰り道を歩き出す。しばらくすると、三葉が駈けだしてくる足音が聞こえてきた。
「ねーえ郁斗ってば、なんで告白だってわかったの?」
「告白以外で、よく知りもしない女を呼び出さねーだろ、普通」
「そお?」
「あのな、渡り廊下は有名な告白スポットだろーが」
「そうだけど、だから、言いにくい死体役を告白しに」
「お前さ、一回母ちゃんの腹の中からやり直してこい」
それに三葉が膨れる。ひどい、と口をとがらせて。
「てっきり探偵ごっこ仲間になりたいんだとばかり……」
「お前、ほんと頭の中花畑だよな」
「……ねぇ郁斗。なんであの時、永山君の告白を止めたの?」
デコピンで黙るかと思いきや、ちっとも黙らない三葉に郁斗のイライラが募った。
「お前、告白されたら永山とつき合ってたか?」
「うーん……どうかな」
「ならいいだろ、止めたって」
「よくない! なんで止めたの? あたし、ちゃんとどうするか考えられたと思うんだけど」
「帰りたかったんだよ」
「だったら、普通に登場してくれても良かったのに」
「……うるせーな、なんでだろうな」
「おーしーえーてーよーぉ!」
数メートル後ろを歩いていた三葉が、郁斗の背中に向かって走ってくる。ぶつかる直前で避けると、勢い余った三葉は腕の下をくぐっていった。
そのまま前のめりにつんのめった三葉の腕を引っ張る。振り向かせて壁に押し付けた。
「……三葉。なんでだと思う?」
壁と郁斗に挟まれた三葉は、目を白黒させた。自分の情況がわかっていないようで、まな板に乗せられた魚のようにアホ面をさらけ出している。
「い、郁斗……?」
さらに郁斗は距離を詰めた。
「ほら、得意の推理してみろよ……俺がなんであいつの告白を止めたのか」
上から覗き込むと、三葉は顔を真っ赤にして開いた口を塞げないでいる。
「お前、名探偵なのに、わかんねーの?」
煽り文句を、三葉の耳の近くで呟いた。郁斗は手を伸ばして、三葉の頬を掴んで固定した。
「うっ……痛いよ、近いし。ねぇ。郁斗ってば!」
「わかるだろ、名探偵?」
郁斗が顔を近づけると、三葉は目をぎゅっとつぶる。
「わっかんないってば、ねえ!」
唇が触れる直前――。
「……きゃあ! 痛っ! な、なにすんの!?」
「うっせぇ、ばーか」
「いま、あたしの鼻を噛んだでしょ……!? 獣人探偵都会の夜編にも、そんな演出なかったよ! どのドラマのシーンを再現したの!? なんの事件!?」
郁斗はぱっと三葉を開放する。
「正解を言い当てられたら、プリンおごってやるよ」
三葉は郁斗に噛まれた鼻を押さえてぎゃんぎゃん抗議したのだが、「プリン」の一言に途端に目をキラキラさせた。
「え、あのどけちで有名な郁斗が、プリンをおごってくれるの? なにそれ、事件!」
「どけちってなんだ、どけちって! つべこべ言ってると買ってやらねーからな!」
「待って、今考えるから!」
「なんで俺があいつの告白止めたか、早く答えを推察してみやがれカニ味噌」
「んもー! カニ味噌じゃないっ!」
郁斗の考えも想いも、三葉には伝わっていないようだ。まあいい。それでいい。
告白に来る男子を、死体役の自己推薦と勘違いするくらいなのだから。
「ねえ郁斗、ヒントは?」
「お前ほんとアホ具現化したような奴だよな」
「うーん、名探偵三葉ちゃんの推理だと……死体役を自分がやりたかったから?」
郁斗は半眼で三葉をにらんでから、あきらめて歩き出した。
「え!? もしかして正解!? プリンゲット!?」
「血糊の代わりに全身ケチャップまみれにすんぞこのバカっ!」
三葉は膨れながら、小走りでついてくる。
郁斗の出したこの謎を、三葉が解けるのはまだまだ先のようだ。
おわり
最初のコメントを投稿しよう!