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「……は?」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった穂高に、
「だって、穂高は美桜の名前を呼ぶし、親しく接するし、それに何より、同族だもの」
芙蓉はたたみかける。
「ちょ、ちょっと待ってください、芙蓉様。私は別に、美桜に親しく接しているわけではありません」
穂高は、確かに、美桜のことを認めるようになった。けれど、親しいと言うほど、二人の距離は縮まってはいない。
「嘘!」
「嘘ではありませんよ」
なぜか拗ねている様子の芙蓉に、戸惑ってしまう。
「急に何なのですか? 芙蓉様」
唇を尖らせている芙蓉に、心配な面持ちで声をかけると、
「美桜が言っていたわ。おいしいものって、好きな人にも食べてもらいたくなるって」
芙蓉は、俯きがちに言った。
「……はぁ」
芙蓉の言葉の意味が分からず、穂高が間抜けな相槌を打つ。
「だから!」
芙蓉はしびれを切らしたように声を荒げ、顔を上げると、穂高の瞳を見つめた。
「私は、穂高と一緒においしいものを食べたいのよ!」
「…………」
一瞬、穂高は芙蓉の言わんとしていることが理解できなかった。芙蓉の顔が真っ赤に染まっている。
「ああもう、分からないの? ――穂高の朴念仁! 私はねぇ……」
穂高は、ようやく「もしかして」と思った。けれど「いや、待て。そんなことは……」と、すぐさま否定をする。
「わ、私は、穂高のことが、す、す……っ」
言いよどんだ後、芙蓉は、
「……好きなのよ」
と、囁いた。
穂高が息をのむ。
「芙蓉様」
穂高は恥ずかしさが頂点に達したのか、両手で顔を覆ってしまった芙蓉を見つめると、口元に優しい微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。そのお心、嬉しいです。僭越ながら、私もあなたのことが――」
穂高が高嶺に咲いていると思っていた花は、意外にも、手の届くところに咲いていた。
【了】
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