1 ひと目惚れ

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1 ひと目惚れ

都会の高層ビルが建ち並ぶエリア。 その一角に40階建てのタワーズマンションがある。そこの35階が私が住んでいるところだ。 このマンションに住んでいて良いところは、 ゆとりをもって設計された部屋の数々、キッチン、バス、トイレとも最新とまではいかないが、デザインが洗練されており、使い勝手がとてもいい。 それに、夜になると、まるで宝石を敷き詰めたかのような夜景を眺めることができる。 安全面も完璧だ。 玄関のエントランスで不審者は一切受け入れない。(泥棒などもこないので安心だ。) フィットネスジムも備えてあり、そこへいけば運動不足にもならないし、太らない。 欠点と言えばやはり、家賃の高さだろう。 しかし、私はここの家賃がいくらなのかを正確には知らない。 なぜなら、父親が所有している物件だからだ。 私がこのように働かなくても引きこもり生活がおくれるのは、ひとえに父親がちょっとした資産家だったから。 食事の準備、掃除、洗濯などはハウスキーパーが毎日来てくれる。 その他、欲しいものがあれば、ネットでポチリとすれば、数日後にはマンションに届く。 世の中、お金なのだ。 お金さえあれば、大抵のことはできるし、引きこもりでも易々と生きていける。 ……10年。 幸か不幸か父の過保護が私をダメ人間へと導いてしまったようだった。 ある日の夕方、私は寝室で目を覚ました。 その日は朝から雨がしとしとふっていたせいで、頭がずっと痛かった。 今日は一日中、広いベッドで横になり、美しい景色の写真集をペラペラしたり、YouTuriで子猫の愛らしい姿の動画を見たりして過ごしていた。 そうしている内にいつの間にか眠ってしまったのだ。 起きたら喉がカラカラだったので、キッチンへ行き、水を飲んだ。 キッチンに立つと、自然と視線は窓に向く。 外の天気が気になって、窓際まで歩いた。 日は傾きつつあったが、雨はもう降ってはいない。 ふと、視線を落とすと隣の高層ビルが目にはいった。 隣のビルはこのマンションより低い。 なんの会社の建物かは興味がなくて、知らない。 私が引きこもる前からあるので、10年以上はそこに建っているはずだ。 その会社の屋上は、緑が生い茂るお洒落なスカイガーデンが作られていた。 なんでも、有名なデザイナーが都会の癒しをコンセプトに造っただそうだ。 (隣の会社には興味なくても、こんなことだけは良く知っている。) 確かに植物の配置の仕方やデザインは自然では出来ない作りだったし、人や物でごちゃごちゃした地上から切り離された静かな空間のようだった。 私は、そんなスカイガーデンが好きだ。 そのスカイガーデンの端に誰かが立っていた。 隣とはいえ、数百メートルは離れているし、 人も小さくてかなり意識して見ないと表情などはよく分からない。 でも、なぜか私にはその姿が手に取るように見えた。 紺色のスーツをスマートに着こなした男の人だった。 年齢は、およそ二十代半ば~三十代前半あたり。 栗色の髪にはパーマがかかり、今風でその人にとても似合っている。 顔はどちらかと言えば、表情に乏しそうだが、端正な顔立ちなのは遠目でも分かった。 全体的に仕事のデキる大人な雰囲気が漂っていた。 なぜ、その人がスカイガーデンにいるのか、私は気になってしばらく観察することにした。 引きこもりの私には時間はたっぷりあるし、この場所から観察しても相手にはよほどのことでもない限り分からないはずだ。 (タワーズマンションの特権で、相手がいるビルから見ようとすれば、空を仰ぐかたちとなる。) その男の人は、スカイガーデンの端で、煙草を吸っていた。 時計を確認すると、夕方の18時。 仕事を終えて外で一服といったところだろうか。 すぐに帰らないところを見ると、まだ、仕事が残っているのかもしれない。 煙草を吸いながら、じっと下を眺めているようだった。 私も彼の視線を追って更に下を見た。 人や車がアリンコのように見えた。 帰宅時間のためか、通りは細々していた。 ……彼はどんな気持ちでその光景を眺めているのだろう? なぜか急にそんな疑問が浮かんだ。 彼もまた、仕事が終わればあの人混みに飲み込まれていくのだ。 ウンザリしているのだろうか? (私なら人混みに自分の身をおくことなど、恐怖の沙汰としか思えないが……。) 私は視線を下から彼に戻した。 彼は、静かに笑っていた。 煙草をふかしながら、下にいる全ての者たちを見下した笑みに私には見えた。 ……どうしてか、その表情に私は心を奪われたのだった。
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