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2 彼の後ろの女性
あの全てを見下したような笑みは、何だったのだろう……?
私は脳裏に焼き付けられたあの表情の意味をゆっくりと考えてみた。
1番、
目下に映る人々を小馬鹿にしている。
(私が言えた義理ではないが、それは人としてどうなのだろう……。)
2番、
スカイガーデンに出てくる前に楽しい出来事があり、思い出し笑いをした。
(あり得そうだが、彼を見た限りそんな感じではなかった。)
3番、
下を通る人の中に知り合いを見つけ、つい笑ってしまった。
(スカイガーデンは30階の上だ。知り合いを見つけられるか怪しそうだ。)
4番は、
落とした携帯が見つかった……。
又は、落とした財布が……。
(もう限界だ。発想力が乏しすぎる!)
やはり、答えなど考えたところで出るはずもないのだ。
次の日も、私は彼のことが気になって、昨日と同じ時間に部屋の窓際に立っていた。
ーー時計は午後 18時、ちょうど。
昨日、彼がスカイガーデンに現れた時間だ。
私は彼を待った。
でも、15分経っても、30分経っても、1時間経っても、彼は姿を現さなかった。
今日は仕事が終わってすぐ帰宅したのかも……。
それとも仕事が忙しくて、リフレッシュする時間も取れないのかもしれない。
「そんなに毎日、スカイガーデンに現れるはずがないよね……」
私は少しだけがっかりした。
どうやら、幾分か彼の登場を心待ちにしていた自分がいた。
「いやいや、そんなんじゃないし」
慌てて首を振って、自分の中に沸き上がりつつある、よく分からない感情を否定した。
窓際から離れようとした矢先、視界の隅で何かが動いた気がした。
すぐさま視線をスカイガーデンへと戻す。
すると、そこには明るいグレーのスーツを着た彼が立っていた。
途端に自分の心臓がドクンッ! と、跳ね上がった。
彼は昨日と同様にスカイガーデンの端で煙草を吸い始めた。
視線はやはり下を向いており、鉄の柵に寄りかかって、気持ち良さそうに紫煙を吐く。
きちっとスーツを身につけており、ユルいパーマのかかった髪は清潔感を漂わせている。見た目にとても気をつかっているのが分かった。
彼は、営業職なのかもしれない。と思った。
二日ともそのような出立ちだからだ。
なんの会社かは相変わらず知らないが、客を相手にする仕事をしている気がした。
それで、仕事が終わった? この時間に決まってスカイガーデンへ来て煙草を吸っているのだ。
ストレス解消のために。
私は上から彼を観察しながら、そう推測した。
しばらく、彼を眺めていると、スカイガーデンにもう一人、人物が存在していることに気がついた。
彼のずっと後ろの方で、アーケードになっている所の木の影に隠れているのだ。
「何してるんだろ? あの人……」
私は首をかしげた。
上から見ると、その人物が意図的にそうしているのがありありと分かる。
髪が長くて、白シャツにクリーム色の膝まであるスカートをはいている。
つまり、女性だ。
顔は木の葉が邪魔で見えない。
でも、そっと、彼の後ろ姿を見つめているのだった。
その視線には熱がこもっているように見えた。
「もしかして!」
鈍感な私でもピンときた。
彼女は彼のことが気になっている、もしくは、好きなのではないか?
そうでなければ、あんな風に彼の姿をずっと見つめるものだろうか??
(暇潰しの私は例外として……。)
私は今度は彼女に想像力を巡らせた。
隣のビルにいるのだから、彼女も彼と同じ会社の同僚かなにかなのだろう。
年齢は、彼と同じか年下。
二十代前半~半ば、という感じ。
小柄で華奢。
スカートから伸びる足のラインが綺麗だ。
相変わらず顔は見えなかったが、おそらく、とても可愛い顔をしているのではないかと勝手に想像した。
(彼女はこの後、どうするつもりなのだろう?)
彼に話しかけて、雑談をし、タイミングを見計らって告白をするのだろうか?
それとも、今は声をかけずに、熱い気持ちをもて余しながら視線を送り続けるのだろうか?
結果は残念ながら、そのどちらでもなかった。
彼女はその後、クルリと彼に背を向けてスカイガーデンから消えていったのだった。
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