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3 彼女の告白
翌朝、ハウスキーパーが用意した朝食のクロワッサン(私の好物)にかぶり付きながら昨日のことを考えた。
やはり、あれ程のイケメンともなれば、おのずと彼に恋する女性の一人や二人はいてもおかしくはない。
昨日の彼女は彼に告白をするのだろうか?
もしかしたら、夕方18時にスカイガーデンで彼女が彼に告白するところを見られるかもしれない。
そう思うと、私は朝からウキウキとした気分になった。
映画や小説の中ではない、現実の世界での告白(それも、大人の)なんて、滅多に見られるものではない。
そんな訳で、私はエンターテイメントを楽しむ観客のような気分で夕方18時を待った。
私は30分も前から窓際にスタンバイしていた。
こんなに心待ちにすることが、この10年あっただろうか?
いいや、ない。引きこもりの私には人との接点が極端に少ないのだ。
毎日の生活から見ても、せいぜい、ハウスキーパーのおばちゃんか、宅配業者(エントランスのインターホン越しに会話)とちょっとやり取りするぐらい。
……唯一の肉親の父は現在、母と海外に住んでいる。
因みに今の母は、私の実の親ではなく、当時入院していた母を看病してくれた看護師だった。
母は末期のガンだった。
告知からほんの3ヶ月という短い闘病生活だった。
どういった経緯があったかは子供の私には知るよしもなかったが、母のお葬式で父と今の母は再会し、交際が始まったのではと思っている。
当時私は高校二年生。
母の死は衝撃すぎて、毎日毎日泣いていたと思う。そんな私をなぐさめ、支えてくれたのは、仕事で忙しかった父ではなく、今の母だった。
気がつけば、もうとっくに18時を過ぎていた。
昔のことを思い出してボーッとしていたようだ。
私は慌てて隣のビルに視線を向けた。
緑が美しいあのスカイガーデンに。
……いつもの場所に彼はいなかった。
しかし、代わりに女性が立っていた。
例の彼女だ。
今度は木に隠れていないので顔を確認することができた。
色白で卵形、目鼻立ちは整っていて、唇が厚い。彼女は私に可愛いリスを思い出させる。いわゆる、小動物系女子。
私がもし男だったら、すぐに好きになってしまいそうなタイプだ。
そんな彼女は今、緊張した面持ちで、誰かを待っていた。
もちろん私は彼女が誰を待っているのか知っている。
「あの人だ……」
きっと、今日彼は彼女に呼び出されたに違いない。それで、彼女は彼がやって来たら告白をするのだ。
あんなにもカチコチに緊張しているのだから間違いない。
表情に一切のゆとりがなく、キュッとスカートを手で握っていた。
スカートがこの後しわくちゃになることなんて、考えられないのだろう。
「なんだか、私まで緊張してきちゃった」
いつの間にか私まで着ているワンピースパジャマ(いつもこれで過ごす)を握りしめていた。
壁にかかった時計を見上げる。
もう、19時15分になっていた。
彼女が彼を待ち初めて、はや1時間以上も経っていた。
まだ、彼は姿を現さない。
「まさか、すっぽかし!?」
思わず声を上げていた。
あの彼が女性との待ち合わせに来ないなんて、あり得るのだろうか?
なんとなく、営業という職業柄、相手を待たせたままでスルーなんてあり得ない気がするのだが……。
「なんだ……、見損なったな。彼はそんな人じゃないって思ってたのに……」
随分、勝手な言い分だとは分かってはいたが、思わず口走ってしまった。
彼は彼女に呼び出され、スカイガーデンにやって来る。
彼女が勇気を出して告白して、それから……。
二人が恋人同士になるのか、ならないのか、それは分からない。
でも、私の中では両思いになって欲しいと、ハッピーエンド? を期待してたのに。
「なんだかガッカリ」
拍子抜けした私はその場にしゃがみこんだ。
すると、ポツポツと何かがガラスを窓を叩き始めた。
ーー雨だ……。
彼女はどうするつもりだろう?
私は視線を床からスカイガーデンへ戻した。
彼女はしばらくそこに佇んでいた。
なんだか、とても頼りない姿だった。
長い髪も服も雨でびしょびしょだ。
「もしかして、泣いているのかな?」
雨足が一段と増した気がした。
「ひどい奴だね、でも、付き合う前にそれが分かってよかったのかな……」
私は彼女に向かって言葉をかけた。
世の中、そんなに思った通りにはいかないものだ。
それにしても、あんなに若くて可愛い女の子をスルーって、一体どんな神経をしているのだろう。
すでに彼女がいるから、君の気持ちには答えられない。みたいなの?
(それなら、ちゃんと待ち合わせ場所に来て、そういってよ!)
それとも、既婚者?
いや、女性が好きとは限らない??
モヤモヤと私は考え始めた。
その内、スカイガーデンにいる彼女は諦めたらしく、スカートのポケットから、白いものを取り出すと、足元に置いた。
そして、辺りをキョロキョロ見回すと、近くにあった小石をその白いものの上へ置いた。
どうやら、風に飛ばぬための重しのようだ。
「あれは……、手紙かな??」
彼女はその場に置き手紙を残して、小走りでスカイガーデンを後にした。
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