105号室のホスト

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105号室のホスト

 「あたしのお気に入りの子と会ってから、お 互いの呼び名を決めるといいわ」 「その人は男ですか? 女ですか?」 相手の性別がわかっていれば、なんとなく安心できる気がして、思い切って聞いてみた。 結局はどっちでも緊張するんだけど。 「人として考えれば......男になるかしらね」 人としてって? と思いながら歩いていたら、いつの間にかアパートの前まで来ていた。 「105よ。大丈夫、気を遣わなくていい子だから……いってらっしゃい」 優しく微笑んで手を離したゲンさんは来た道をまた戻っていった。 「ありがとうございました!」 大きい声で言い、90度のお辞儀をして頭を上げたら、右手を上げて軽く振ってくれた。 「今日だけだから、いいよね?」 自分に言い聞かせるように呟いて、105の前に立ち、深呼吸をする。 「よしっ、行くぞ!」 僕は小さく気合いを入れ、大きくドアを2回ノックした。 しばらく待っても、出てくるどころか返事もない。 でも、もう引き返せない。 僕は勇気を出してドアノブを回し、勢いよく引いた。  「お邪魔します」 両親の教えを守ってきちんと挨拶しながら辺りを見回したけど、誰もいない。 「ごめんやす。誰かおりませんか?」 少し声を張ってみた。 「ああ、来たん? いらっしゃいませ」 「ヒイッ!」 姿が見えないのに声だけが聞こえてきたから、思わず僕は悲鳴を上げる。 「こっちやこっち、今モクモクしとるから動かれへんねん」 その声を辿って中に入り、静かにドアを閉める。 キッチンの方を見ると、クリーム色の髪の男性が換気扇の下でタバコを吸っていた。 「ひとまず中に入りぃ。吸い終わったら飲みもん持ってたるから、好きに座っといてや」 彼は煙を吐きながら淡々と言い、灰皿にタバコの先を付け、タバコの腹を人差し指で叩くと、チッチッと音を立てて凹みに灰が落ちていく。  「入んのか帰んのかはっきりしぃな」 眉間にシワを寄せ、イラついた声を出したのがわかって、やっと僕が彼に見惚れていたことに気がついた。 急いで靴を脱いで上がり、テーブルの下座...…彼に背を向けた場所に正座をする。 「まず、なんて呼ばれたい?  あんちゃん」 「ハイィッ!」 研修の通りにはっきりと落ち着いた声で返事をして背筋を伸ばしたつもりなのに、声は上ずって震えるし、背筋は反り過ぎになってしまっている。 「ハハッ」 彼の笑いに最初はバカにされたのかと思ったけど、怖いイメージからかけ離れた明るくかわいい笑い声に胸がキュッと収縮した。
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