わらう、わらう。

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 ***  それは、“絶対に演奏してはいけない曲”だと言われて封印されている代物らしい。先生が管理している棚の奥に、ひっそりとしまわれた黒いファイル。これじゃないか?と思って私達が引っ張り出してきたそれは、すっかり埃を被ってしまっていた。中に挟んである格パートの譜面もすっかり色あせて黄ばんでしまっている。辛うじて読めないことはなかったが。 「ナニコレ?タイトルが読めない」  私は首を傾げた。一応中学生なので、英語なら多少の見当もつくはずなのだが――引っ張り出されたその楽譜のタイトルは、明らかにアルファベットとは違う文字が記載されていた。  変な四角い図形のようなものが組み合わさった不思議な文字。わかるのはこれが、漢字でもなければハングルでもなさそうだということくらいである。 「これ、キエル文字とかいうのじゃない?」  横から私の手元を覗き込んでいた操子が告げた。 「ほら、ロシアとかで使うやつ。一応これもアルファベットらしいよ?私らからすると、謎の暗号にしか見えないけど」 「え、これアルファベットなの?どれがAでどれがB?」 「私に聴くなってば美月。ロシア語なんて読めたらもうちょっと人生変わってるから」 「そりゃそうかー」  キエル文字?なんて携帯で打ちこむこともままならない。ネットで意味を検索することも難しいだろう。タイトルがわからないのはモヤモヤするが、幸い楽譜そのものは私達が知っているそれとさほど変わらないようだった。音符と数字は全世界共通だからだ。有りがたいことに、格パートの楽器名も英語だったから読めないことはない。  破かないように気を付けながら楽譜を取りだした私は、それが思っていたよりもずっと短い曲であることに気づいた。途中にリピートが入っているとはいえ、2P分の長さしかないからである。しかも、吹奏楽の譜面にしては随分とパート数が少ない。トランペット、ホルン、トロンボーン、ユーフォニウム、チューバ。これって、と私は眉をひそめる。 「なんか、吹奏楽の譜面じゃなくない?金管楽器しかないよ」  木管や打楽器などは、他のファイルに別で保存されているのか。そう思って探そうとしたところで、最終頁にスコア譜が出てきた。全パート譜面が、小さな文字でびっしりと書かれているやつである。それを見たところ、やはりこの曲は金管楽器にしかパートがないようだった。つまり吹奏楽ではなく、金管アンサンブル用ということである。 「そういや、昔はうちの学校も、アンサンブルコンテストに出てたって聞いたことあるよ」  まじまじと譜面を見ながら操子が言った。 「その時に使ってたやつ、だったりして?」 「え、じゃあこれ呪われた楽譜じゃなくない?」 「呪われた曲を堂々と演奏してたのかもよ美月!OGの先輩とか、結構面白い人多いし!」 「ええええ」  まあ、これが呪われた曲なのかはともかく、面白そうであるのは確かである。私はスコア譜をざっと見て判断した。吹いてみないことにはわからないが、難易度はそこまで高くなさそうだ、と。しかも珍しいことに、全パートにメロディーらしき箇所と、ソロパートがあるときている。あのチューバのソロががっつり入るなんて非常に珍しい。これは、チューバパートの子に見せたら喜ぶのではあるまいか。 「結構簡単にできそうだし、暇つぶしに練習してみよっか」  なんだか私も乗り気になってきた。軽い気持ちで、操子にそう話を持ちかける。 「せっかくなら、ホルンとユーフォとチューバの子達にも一人ずつ声かけちゃおうよ。どうせ、文化祭の練習始まるまで暇なんだしさー」
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