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その曲は、冒頭の初っ端、いきなりトロンボーンのソロから始まる。まるで穏やかな海に漕ぎ出す一隻の船のよう。荘厳で、それでいてどこか不安を掻き立てるメロディー。そこに一つずつ、チューバが、ホルンが、ユーフォが、そして私のトランペットが花を投げ込むように音を増やしていくのである。シとミにフラットがつくから演奏しやすいわー、と操子は嬉しそうにしていた。誰しも楽器によって、吹きやすい音階というものはあるのである。
悲しい曲であるのは、ちょっと吹いてすぐに分かった。タイトルはわからないが、イメージしたのは“遺体を運ぶ小舟”に、弔う人々が次々と花を投げ込んでいく風景だったからである。きっと、とても慕われる誰かだったのだろう。しかし残念ながら、その水葬さえも運命は簡単に許してはくれない。何故なら途中で天候が急変し、湖の周辺は大荒れになってしまうからである。小舟は波に揺られ、ついには雷鳴と共に転覆してしまい、人々を嘆き悲しませることになる――と、実際にそういう意図で作られているのかはわからないが、まさにそんな流れを感じさせる曲なのだった。
嵐に沈む船と遺体、見かねて勇敢な若者が荒れ狂う湖に飛び込む。必死で湖の中心まで泳ぎ切り、愛しい人の遺体をまさに抱きかかえ、曲はクライマックスへ。盛大に盛り上がった、まさにその瞬間!
「……ここが謎で仕方ない」
“謎の楽曲の暇つぶし練習”は、思いのほか好評で、チューバとホルンの後輩もユーフォの同級生も乗ってくれて。一週間それぞれ個人で練習した後、今日初めて朝練習の時間を使って合わせてみようという話になったのだが。
私はずっと疑問に思っていたことがある。譜面に一か所、どうしても引っかかるところがあるのだ。
全パートが一気に低音から高音へ駆け上がり、盛り上がりが最高潮になった瞬間――謎の“おやすみ”が入るのである。
つまり。一小節まるっと全休符。それも、全パート同時に。
「一番盛り上がるところじゃん。なんで、四拍も全パートで休むの?これ一体何を現してるんだろ?」
しかも、その休符の直後に、チューバとトロンボーンが同時に低音をフォルテシシモで吹き鳴らすのだ。一瞬の静寂からの、爆音。曲を物語調で捉えるクセのある私としては、こんな譜面にした製作者の意図が知りたくてたまらなくなってしまうのだが。
「雷でも落ちてんじゃない?」
操子はさほど興味なさそうに、チューニングを続けている。
「この“おやすみ”は、その雷鳴。で、直後にドカーンと落雷の音」
「あー……。でも、そのちょっと前にも雷っぽい音入るじゃん、ユーフォとトロンボーンで。また雷?」
「や、私に訊かれてもわからんって美月。ていうか本当に雷のイメージなのかもわからないし。……それよりもチューニング手伝ってよ、なんかさっきから納得いかないんだよー。今日そんなに暑くないのに、なんか音がすごい高くなるぅ……」
「うー……」
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