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入ってきたのは姉だった。買い物袋とバッグを玄関に置いた姉は、廊下でしゃがみ込むわたしを見て丸い目をする。
「どうしたの?」
姉の声を聞くのはずいぶん久々だった。無理もない。わたしはこの姉のことが正直嫌いで、いつも距離を置いていたからだ。でも、真夏とはいえ異様なまでの汗をかいている私を素直に心配してくれているその声に、わたしは思わず安堵し、緊張が解けたことでそのまま目からも汗がこぼれ、いろいろぐちゃぐちゃのまま姉に飛びついた。
姉はそんな奇行に走るわたしをふわりと抱き締め、ゆっくり頭を撫でてくれた。それは幼い頃、まだ仲が良かった頃にしてもらったものと変わらない優しさだった。
落ち着いてから、姉に事情を説明した。姉は澄ました顔でパソコンに近づき、しばらく何かいろいろ調べていた。
「別に大丈夫だと思うよ」
やがて姉のお墨つきをもらい、わたしは大きく溜め息をついた。今のわたしには、姉がかつてなく頼れる存在に思えた。ありがとう、今までごめんなさい。それくらいのことは言いたかった。
だけど、それを口に出す前に、姉がもう一言付け加えてきた。
「それにほら、またメールが来てるみたいだよ?」
姉が開いたメールの文面を読む。そこには、ここまでのわたしの心労を水泡に帰す内容が記されていた。
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メールの連投すみません。
メグミさんの作品をいつも読ませてもらっています。毎日欠かさず更新されていてすごいと思います。いつも続きが楽しみです。
先程お送りしたのは、私が書いた小説です。もしよろしければ感想をいただけたらと思います。諸事情で原稿を先にお送りしたので、もう読んでもらえたのではないでしょうか。いかがでしたか? もし面白いと思ってもらえたのなら、私はとても嬉しいです。
原稿のほうにはわざと書かないでおいたのですが、タイトルは『人間パソコン』にしたいと考えています。
よかったら返信お願いします。
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「……つっまんな」
今のわたしにはこれ以外の言葉を発する余裕はなかった。
姉はそんなわたしにチョコレートをくれた。口に入れれば、いつもの甘味が広がる。
これからは昔のように、姉と仲良くしていこう。そんなことを思った。
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