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平日の夕勤を終えたときにはもう外は暗くなっていた。駅に向かって歩いていれば、帰宅中のサラリーマンとすれ違う。そんな彼らも明日にはきっと消えてなくなる。
滅亡までのカウントダウンもあと一日となっていた。しゃこしゃこと歯磨きをしながらそんなニュースを見るのも明日で最後になるのだろうか。
センチメンタルな気分には特にならない。やっぱり俺は頭がおかしいのかもしれない。本当は地球滅亡なんてなくって、あのニュースも俺が作り出した幻覚なのかもしれない。
だとしたら一体どこからどこまでが現実でどこからが幻なのだろう。
明日世界が滅びるというのに、俺はバイト先の友人たちと今日も何も変わらず喋って笑って、また明日って言って帰ってる。もう会えないかもしれないというのに、今までのお礼とか、逃げてくれなんていう警告だとか、そういうことは何一つしなかった。
実家にもなんにも言ってない。もし、もし本当に明日世界が滅ぶのなら……俺はもっとするべきことがあるんじゃないのか?
逃げるべきなのだろうか。でも何処に? そもそも自分ひとりが逃げたって、友人や両親を見捨ててまで生きる理由はあるのだろうか。どうせ皆が死ぬのなら、俺一人が生きる理由もないのでは? でも、仮にそうだったとしても、生きていて欲しい人達へなんの警告も寄越さないのはどうなのだろう。
これって俺の良心の欠如なんだろうか。
そもそも、どうして俺はあのニュースを真に受けることができているのだろう。なんら変わらない日が明日もやってくる、と思っているのに、その想いとは裏腹に当たり前のように明日には地球が滅びると疑わない。
「おつかれ、御影」
「ぅおっ、急に出てくんなよ、ビビるだろ」
どこまでが現実で、どこからが幻覚か。
唐突に夜闇からぬっと出てきて隣に並ぶこいつは月から来た謂わば宇宙人で、なぜか俺の家に居ついている。宇宙人って本当にいたんだな。それともこいつも俺が作り出した幻覚なのだろうか。あのニュースと同じように。
「御影、今日は俺の家に来ない?」
「家? そういやお前ちゃんと一人暮らししてたんだっけ」
「うん」
地球に来てまずはじめにすることが物件探しってなんかウケるよな。
リーチの長い宇宙人は俺の歩幅に合わせゆっくりと歩いてくれている。蒸し暑い夜は隣にいてくれると冷気が伝わって快適だ。街灯の下に立てば、この白皙の美青年がたった今UFOから降り立ってきたようで面白い。
「ふふっ」
「どうしたの?」
「なんでも」
あ、満月だ。
「明日だね」
満月の光をぼんやりと見上げていれば、力の抜けた声が降ってくる。なにが、と尋ねてみた。彼の横顔を仰げば、遠い故郷の光を憂うように見つめていたが、ゆっくりとその視線は射止めるように俺を見下ろし、三日月型に細くなった。
「地球の滅亡だよ」
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