まず初めに

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まず初めに

 思いを伝えてしまったら、そばにいられなくなる。  幼い頃、私はそんな不毛な恋をしていた。  その恋の始まりは、小学校に上がる前の話だ。  相手は幼馴染。  でも、ただの幼馴染ではなかった。  彼の存在は非常に奇妙なものだった。  見た目は他の男の子と全く変わらなかった。  身体を動かすことが大好きで、カブトムシとかクワガタとか、そういう格好いい昆虫に興味があって、戦隊もののヒーローに憧れている、ごく普通の、小さな男の子。  姿かたちだけでなく、話した印象も、別段変わった様子はなかった。  いや、他の男の子よりは、数段整った顔立ちをしていた。それに、時折同い年の子供であるとは思えないほど、大人びた、憂いを帯びた、そんな妙な表情を見せることがあった。    子供ながらに、彼のことを好きになってはいけないと分かっていた。  それでも、物心ついた時には既に彼のことが好きだった。  鳴り響く脳内警報とは裏腹に、私の心はどんどん彼に惹かれていった。  時間を共有するたびに、その思いは大きくなっていった。  でも、いくら恋心が育ったとしても、彼に思いを伝えるなんて馬鹿なことは思い立たなかった。  初めは少し彼の存在に違和感を覚えるだけだったと思う。    でも、小学校高学年の頃には、私は確信していた。  彼は人間ではない。  言うなれば、真夏の精霊だ。  だから、私たちが結ばれることは決してない。  住む世界が違うから。  それでも私は、正体に気付いていない振りをして、彼の隣にいることを選んだ。  この恋心を知られてはならないから、必死で感情を閉じ込めた。  溢れ出しそうな想いを隠しながら、私は暑い夏を毎年、その幼馴染と過ごした。  感情を押し込めるのは辛かったけど、それなりに謳歌していた。  彼との思い出は、いつだって暑い真夏日。  隣にいて、他愛ないことを話して、森を駆け回っているだけで、とても楽しかった。    だけど、いつまでも精霊なんかと甘酸っぱい時間を共にしていいのかと、段々と分からなくなっていた。  伝えられない恋心。いつかいなくなる想い人。絶対に手の届かない幸せな未来。  この八方塞がりな状況から脱したい。でも、自分の意思では離れられなかった。  だがそんな時、私に転機が訪れた。  私は小さな田舎の村を離れ、都会に引っ越すことになったのだ。    私の引っ越しを機に、この行き場のない恋心とはおさらばできると安堵した。  なのに、 「千夏(ちなつ)!」  高校二年の初夏。  私は彼と再会してしまった。  しかも、 「千夏! この後どっか寄らね?」  めちゃくちゃ猛アタックされている。
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