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「おい、まさかもう片方も見えてねぇんじゃねえだろうな」
その静かな一言で、彼がやけに焦っている理由が分かった。
反射的に片目に着けた眼帯に手をやりながら思い瞼を上げる。
眉をハの字に下げた彼を見つめながらついこの間の事を思い返した。
数日前の早朝のことである。
いつもの時間帯に起床し、ベッドから起き上がったとき、私は右目の視力を完全に失っていた。
原因がわからないの突発的な盲目になってしまった。それはすぐに彼にも伝えたことだった。
『うわっ、その目の色どうしたんだよ。魔法薬の実験に失敗しちまったのかァ?……は……?目が、見えない?』
『え、うそ、だろ、……まさか……いや、そんなことはどうでもいい』
『おい、何か他に体に異変があったりしてんのか?なにかして欲しいことがあるんだったら言え』
それから彼は、片眼じゃ歩きづらいだろと言ってお姫様抱っこをして部屋を移動させてくれたり、やけに過保護になって私につきまとうようになったり。
片目しかない世界でも彼がかなり狼狽していて、私のことを心配していることがひしひしと伝わった。
あのときの狼狽え方を見るに、もっと気遣ってやるべきだったのかもしれない。
しまったと後悔した。
マットレスに手を置いて、ゆっくり上半身を起こす。そのまま青年の方に顔を向けた。
普段は勝ち気なその眉は今では頼りな下げに吊り下がっていて、いたたまれない気持ちになって、
青年の顔を包み込むように頬に両手を添えてそのまま覗き込む。
「大丈夫、君のその綺麗な金色がはっきりと見えているよ」
その青年の切れ長の金目をしっかりとらえてはっきりと言うと、予想に反して本人は目つきが悪いと気にしているらしい切れ長な目が、ムッとしたように細くなる。
褒めたつもりだったのだが、揶揄られたと感じ取られてしまったのだろうか。
いつになく素っ気無い態度で"あっそ"という言葉が帰ってきた。
……いや、もしかしたら照れているのかな。
彼がどう思っているのかわからない。
けれどこれで、私が言っていることを一旦は信じてくれるようだった。
「ほんとに見えてんだな?」
「左はちゃんと見えてるよ。本当本当」
「そんなにぐったりしてんのは、……単に疲れているだけだと?」
「そうね。こんなに体調を崩すことが今までに無かったから、体が慣れていないんでしょ。少し休んだら元気になるわよ」
「…………」
納得してないと言いたげな顔が睨んでくる。
「何よ、私が嘘を言ってるとでも?」
「……いーや、べつに」
「だったら早く部屋から出てって。あ、言わなくてもわかるだろうけど、今日の散策は禁止。家事はもう全部終わってるから。夕飯までには起きると思うけど、もし起きなかったら勝手に適当に作って食べてていいから」
「…………」
「ああ、それと……前から言ってるけど、そろそろ私から自立して、自分だけで暮らした方がいいと思うの。だから、近いうちに人里に降りて───」
「……はいはい」
気怠げな返事が部屋に響く。
まだ、ここを出ていく気はないらしい。
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