プロローグ

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プロローグ

 ぬいぐるみや、ピンクの小物が目立つ、少女の部屋。  この中にいると、まるで自身の吸う酸素まで、薄桃色へと変わってしまうかのようだ。次第に、浅黒い指の先は丸くなり、頬や腹は柔らかな毛に塗れ、ファンシーなクマの人形になり果ててしまう気さえする。 そんなことを考える少年は、部屋の中央であぐらを掻き、少しだけ居心地を悪そうに、足を組み替えた。  もう少しすれば、この部屋の主である幼馴染の彼女が、トレーの上の二杯の冷えたジュースと、ポテトチップスを手に現れることだろう。   それは、彼と彼女の関係が、『幼馴染』であるが故に、何度も繰り返されてきた光景だ。 「今日の宿題、ドリルの何ページだっけ……」  少年は一人そう呟き、何かから逃げるように、カバンの中身をひっくり返す。 彼の周りの少年少女といえば、同性同士の友人と仲間意識を持ち、異性という特別感に目覚め始める頃だ。 少年ももちろん例外なく、幼馴染の彼女は、自分のような男と違い、特別な存在なのだということを、理解していた。 そしてその異性と、こうして、宿題を共に行うことも、もしかしたら、周りの友人に、からかわれてしまうことなのかもしれない。 それなら、いったいどうすべきなのか。友人から異端と指をさされることは避けたいが、彼女のそばを離れる自身を想像することが出来ない。 「わっ、」 逆さを向いたカバンから、飛び出た複数のペン。どうやら、筆箱の封が、きちんとされていなかった様子だ。 少年はため息を吐き、カーペットに散らばったそれらを拾い集めていく。 そしてそのうちの一本が、コロコロとベッドの下へと入っていくのが見えた。 少年はそれを追いかけ、腕を伸ばす。 すると、指先に、何か硬いものに触れた。 「なんだこれ?」 その端を摘まむように引き出してみれば、それは漫画だ。少年向けの漫画を、毎週購読するようになっていた少年からすれば、少女がベッドの下に隠しているそれの内容は、気になってしまう。  本を手元へと引き寄せれば、その表紙には、教師と思わしき、女性と、髪を明るい色に染め、ピアスをいくつも開けた青年が描かれている。青年の頬は赤く、涙目であり、反して女性の表情は勝ち誇ったような、自信に満ち溢れたものだ。 これが、日ごろ学校の女子たちが話している『少女漫画』というものかと考えれば、少年は、魅惑の男子禁制の香りに、少しだけ胸が躍った。  少女が帰ってくる前にと、恐る恐る、その一ページ目をめくる。  そして、顔を真っ赤に染め上げた。 「っ、水帆ちゃんが、こんな、え、えっちなもの、」  トントントン、すると、階段を上がってくる小さな足音。 それを聞き、少年は慌てて本を閉じた。そのまま、それをベッドの下へと思うよりも早く、隠すように、カバンの中へと本を押し込む。 「こーせーくん、おまたせ」  自分と背丈も変わらない少女が、トレーの上の二杯の冷えたジュースと、ポテトチップスを手に現れる。  その笑顔は、いつも通り、幼げで優しいもの。 しかし、少年は、バクバクと激しくなる自身の心臓の音に耐え切れず、思わず、下を向くのだった。
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