影追いの月

1/9
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 もはやこれまでか、と彼は笑った。 「見ろ、柘榴。まばゆい程の灯火だぞ」 「やあ、本当ですね。森が赤く染まっている。これだけの数を揃えるとは、やはり風津の大公はやり手でいらっしゃいますね」  何十もの松明の灯りを眺めても、彼らの口調に焦りは見えない。  松明の数から察するに、彼らを追う者達はゆうに百は超える。それを承知の上で、彼らは軽口を叩いていた。  さて、と青年は笑みを浮かべて尋ねる。 「いよいよ追い詰められましたが、いかがなさいますか。七夜の旦那」  二人が今いる場所は、起伏激しい高山の中腹。  七夜(ななや)と呼ばれた男は、眼下に広がる山裾の森に視線を留めて、そうさなあ、と呟いた。 「捕まって、この首さらされるのは困るしな。……この向こうの崖は、底なしだったか」 「ええ。確か、七日七晩かけて降りてみても、ちいとも底が見えなかったと聞いてますよ」  行きますか、と尋ねるのは、七夜についてきた青年、柘榴(ざくろ)だ。  七夜はまだ年若い青年である柘榴を眺め、何度めかになる言葉を発した。 「なあ、柘榴。おまえは山を降りろ。俺を見限ったとでも言えば、命まではとられんだろ」 「ご冗談を。私は従者ですよ? お供しますよ」 「いや、駄目だ。おまえが俺に恩義を感じてるのはわかってるが、流石にこれ以上はいらんぞ。俺にとっては、おまえは弟子というか身内だからな」  厳しい顔つきで首を横に振る七夜に、柘榴は一度口を閉じると静かに言葉を紡いだ。 「……道端で死にかけてたガキを、旦那はなんの見返りもなく拾ってくれました。腕を鍛えてくれて、家族だと言ってくれました。私にとっては、命をかけても返せない恩なんですよ」  死出の旅路でさえもと笑う青年に、呆れ交じりの溜め息を付いて、七夜は立ち上がった。 「……おまえが言いだしたらてこでも動かんのは知ってるからなあ。……もう言わん、勝手にしろ」 「はい、勝手にさせてもらいます」  満足げに頷く柘榴を一瞥した七夜は、どこか優しい苦笑を浮かべ、あちこち欠けた身体で歩きだした。  血と脂に濡れ刃こぼれしている刀を杖として、もはやぴくりとも動かせぬ片足を引き摺るようにして歩く。  傍らに立つ柘榴は痛みを堪えるかのように眉を寄せていたが、主人の心情を憚って手を貸す素振りも見せずにいた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!