敵に塩を送ってもいいの

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 目的のCDと、特典のブロマイド風ポストカードを受け取って書店を出た。エスカレーターに向かっている途中で、「あ」と声を上げる。向こうから、美菜ちゃんが歩いてきていたからだ。どうしようかな、声を掛けようかな、と迷っていたら、美菜ちゃんが頭の上まで手を上げる。美菜ちゃんの方も私に気付いたみたい。「由紀ちゃん」って明るい声が言う。小走りで駆けよってきた美菜ちゃんは化粧をしていて、顔も髪型も服装も何もかも、背景にぴったりと馴染んでいる。学校と同じ顔で、地味な色のチュニック(て言うんだと思う、この丈が長めのTシャツみたいなやつ)とジーンズを着ている私は気が引けた。でも美菜ちゃんは、こんな格好の私と並んだってちっとも構わないみたい。「偶然じゃん、会いたいって思ってたから会えて嬉しい」って朗らかに笑う。 「ニキビ! 完全に治ったよ!」 指さされた顎を見てみると、つるんとした白い肌。凹凸も完全になくなっているから、このなめらかさは化粧のせいだけじゃない。 「よかったね」と笑いながら、そっか、世界は結構優しかったんだっけ、と思った。  美菜ちゃんは書店と同じ階にある雑貨屋に用があるらしい。「よかったら一緒に見ない?」って誘われたから、ついていくことにした。  化粧品のコーナーは、たくさんある鏡に光が反射していて、全体的にキラキラしている。そのコーナーを迷わずに進んでいって、美菜ちゃんが手に取ったのはマニキュアだ。 「これね、こっそり学校につけていけるバレないマニキュアって雑誌に載ってたの」  悪戯っぽく笑った美菜ちゃんは、薄ピンクと薄むらさきを手に取って、うーんと首を捻っている。ややあって、「どっちがいいかな?」と意見を求められた。私はマニュキュアの小瓶に視線を落とす。どちらも花びらをつぶして作った色水みたいに透明で淡い色合いだ。可愛らしくて、どちらでも美菜ちゃんによく似合うと思った。 「ごめん、分かんない。どっちも似合いそうだから」  正直に言ったら、「ううん、ありがと」と美菜ちゃんは笑う。「どっちも似合うなら、ピンクにしてみようかな」と言葉が続いたとき、ほっぺたがピンク色に染まった。化粧品の色だけではないピンク色だ。 「精一杯、ぶりっ子してみよっ」  おどけたような美菜ちゃんの声は、とっても可愛くて、幸せにあふれていた。槙田くんのことを考えているんだろうなぁってすぐに分かって、――息が苦しくなったのは何でかな。
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