敵に塩を送ってもいいの

8/10

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 週明けの月曜日、一時間目は体育だった。朝のHRのあと、美菜ちゃんたちと一緒に着替えていたとき、美菜ちゃんの爪がいつもと同じなのに気付いた。土曜日に買ったはずのマニキュアが塗られていない。確か美菜ちゃんは、「こっそり学校につけていけるバレないマニキュア」だと言っていた。ということは、学校に塗ってくるつもりだったはずなのに。自分の中に生じた予感、そうでなければいいなと思いながら、「マニキュアしてないの?」と訊いてみた。美菜ちゃんは一瞬眉を下げたあとに、「あっ、そうなの。塗るの忘れちゃって」と笑った。私は、私の予感が当たっていることを察す。でも、何も言えなかった。何を言ったらいいのか分からなかった。  体育は三クラス合同で、女子がグラウンドでサッカー、男子が体育館でバレーだ。隣のクラスとの試合が終わったあと、「美菜、槙田くん見てるよ」と綾乃ちゃんの声が聞こえた。 「あはは、どうかなぁ。私じゃないかもしれないし」  槙田くんが見ているのは美菜ちゃんに違いないのに、美菜ちゃんはそう否定する。試合のせいで乱れた息に、動揺の息を紛れ込ませて、私は地面に視線を落とす。  次の日も、その次の日も、美菜ちゃんはマニキュアをしてこなかった。美菜ちゃんは私に変わらず接してくれる。でも、槙田くんと話す回数が減っている。私は美菜ちゃんも槙田くんもよく見ている。だからそれに簡単に気付いてしまった。  金曜日の休み時間、槙田くんに話しかけられた。美菜ちゃんがトイレに行っているときだ。「河野、最近なんか元気ないんだけど、喧嘩でもした?」って。 「何で、私?」  質問があまりに予想外で、思ったことを正直に口にしてしまった。すると槙田くんは慌てた様子で手を振る。 「ごめん、違うよな。ただ最近、河野から佐伯の話を聞かないからもしかしたらって。わり、気にしないで」  ――美菜ちゃんの恋は、ぜったい叶うのに。  ひらひらと手を振って向こうに行く槙田くんの背中。それを瞳に映しながら、息が苦しくなった。  トイレから戻ってきて、薄むらさき色のハンドタオルをスクールバッグの中にしまう美菜ちゃん。美菜ちゃんの爪はやっぱり元のまま。少し視線を上げて、美菜ちゃんの顎を見つめる。あの日とは違って、化粧をしていない肌。素の状態でもちゃんときれいだ。「ニキビができやすい」と言っていたから、治ったあともずっと気を付けているんだろう。そう思ったときに、分かった。私が、美菜ちゃんに槙田くんを好きだと言った理由。  一生懸命に槙田くんに恋をして、私にもまっすぐに向き合ってくれた美菜ちゃん。そんな美菜ちゃんに自分の気持ちを隠して、嘘の「頑張って」を言うのが嫌だったんだ。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加