アリバイあり

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結婚というものは、 本当によく考えた方がいいと 今の私は思っている。 結婚によって、 人生が大きく変わってしまう事もある。 良くも悪くも。 私の場合は…。 私は、玄関の前に佇む。 まだ、数分しか経っていないはずなのに、もうずっとこうしている気がする。 大丈夫。アリバイはある。 疑われないように細心の注意を払って準備もした。だけど…。 きっと、彼は、この家の中であれを飲んで死んでいるはず。 私は知らない振りをして、家に帰ればいいだけ。 たったそれだけのことなのに。 それは5時間前の事。 「これ、冷凍のチーズケーキなんだけど、すっごく美味しかったよ。食べる?食べるなら、冷蔵庫に移しとくけど。」 彼は無類のチーズケーキ好きだ。断るはずがない。 「食べる。食べる。何時間後が食べ頃?」 「1時間後」 「了解」 「じゃあ、私、仕事に行ってくるから」 そうして、私は家を出た。 彼がチーズケーキを食べる姿を想像しながら。 そして、興奮とも違う、はやる気持ちに似た、得体の知れないざわざわとした感情の中、なんとか仕事をこなした。 仕事の終わり時間が近づくと、ざわざわした感情は、恐怖なのか、好奇心なのか、不安なのか、それまでのざわざわした感情とはまた違う今までに感じた事がない感情へと変わっていった。 みんなに変だと思われないように平静を装い会社を出てから、いつもの家までの道のりが、永遠にも一瞬にも思えた。 いつもの道を通り、いつもの風景を見て来たはずなのに、自分がどこをどう歩いて来たのか、全く記憶がない。 いつまでも、ここでこうしているわけにもいかない。意を決してドアを開ける。 「ただいま」 返事は無いはずだった。 無いはずなのに。 「おかえり」 自分の息が止まった事がわかった。 生きていたんだ。 彼は珍しく玄関まで出て来ると、硬直する私に 「なんで驚くの?」 私の動揺を見透かしたようにそう言い、そっと肩に手を置き、 「俺がいないとでも思ってた?」 と耳元で囁いた。 ブルッ。思わず身震い。 「いつもは寝てるから、ちょっとびっくりしただけ」 声を絞り出す。 「それだけ?永遠に寝ててくれたらとか思ってたりして。」 そっと首筋を撫でる。 「何、わけのわかんない事を。疲れたから、お風呂に入って寝るわ。」 彼の手をそっと外し、バスルームに向かう。 その私の背中に向かって彼が言った。 「あ、そういえば、今日のチーズケーキ、めちゃくちゃ美味しかったよ。また買っておいて。」 チーズケーキは食べたんだ。なのに、なんで?焦る自分に、大丈夫、大丈夫と心の中で何度も何度も言いきかせながら、バスルームに急ぐ。 なぜバレた?チーズケーキは食べたのになぜ? 気づかれてる?そんなはずはない。いつもと変わらず毎日毎日生活してきたんだもの。 大丈夫。バレてないはず。チャンスはまた作ればいい。だから、落ち着け、落ち着け。 必死に自分を励まし、お風呂から出ると、彼はまだ起きていた。 「おやすみ」 と声をかける。 「あ、ちょっと待って。」 そう言って、彼がキッチンから何かを持って来た。その手にはあのマグカップ。 「これ、コラーゲンのドリンク。寝る前に飲むと翌朝プルプルらしいよ。チーズケーキのお礼に買っておいたよ」 あのマグカップを差し出す。 「有難う…。このマグカップいいの?あなたのお気に入り。」 「いいの。いいの。使って。」 彼が死んでいないと言うことは…。 「君にこのマグカップで飲んで欲しいんだ。」 背筋に冷たいものが走る。 恐る恐る彼を見ると、口元は笑っていた。 徐々に視線を上げると、目は狂気を帯びた温度の無い目をしていた。
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