第一章 甘い卵焼きと秘密のデザインノート

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第一章 甘い卵焼きと秘密のデザインノート

 はあはあ、と息を切らせて走る。 「ただいま!」  バンッと扉を開けてお店に入ると、おじさんが苦笑いを浮かべるのが見えた。 「おかえり。でも、店に入るときは静かにしろって言っただろ?」 「ごめんなさい」  ペロッと舌を出した私は、アクセサリーや雑貨がたくさん並ぶ店内をすり抜ける。そして店の一番奥にあるドアを開けると、そこに自分の鞄を置いた。  私、藤堂美琴。十三歳。パパとママの三人家族。の、はずなんだけどパパは一年のうちのほとんどを海外で過ごしてて、ママはデパートの中に入ってる服屋さんで働いているからいつも帰りが遅い。  小学生のときは、一人でご飯を食べるのはかわいそうだからって同じ市内で暮らしているママの弟である優一おじさんのところでご飯を食べなさいって言われてたんだけど、入学式の日に 「中学生になったんだからもう一人で平気でしょ」  って言われて、ひとりぼっちでご飯を食べることになっちゃった。  でも、一人が平気なんてそんなことない。学校が終わって、薄暗い家に一人で帰って、誰もいない空間に一人でいるのって、まるでこの世でひとりぼっちになってしまったんじゃないかって思っちゃう。  クラスでだってそう。  私は、新しいクラスのことを思い出して、お腹の奥が重くなるのを感じた。  私の通う坂下一中は、三つの小学校が合わさってできている。  だから、当然知っている子もいれば知らない子もいるんだけど、その中でも一年一組はほとんどの子が南小と西小なの。北小から来てるのは私と、あとは男子が二人。こんな偏ったクラス編成って本当におかしいと思う。  そうは言ってもそのクラスで上手くやっていかなきゃいけないんだけど。 「はぁ……」 「ほら」  重いため息をついていると、そんな私におじさんはレジカウンターの後ろにある冷蔵庫からラムネを取り出して、私に渡してくれた。 「で、今日は姉さんに言ってきたのか?」 「言うわけないじゃん。言ったら、絶対にダメって言われちゃうもん」 「ったく、しょうがねえな」 「もう、くしゃってするのやめて」  私の頭を撫でるおじさんの手をわざと払いのける。  いつまでも子供扱いするんだから。 「おっ、美琴もそんなこと言うようになったんだな」 「そうだよ、わたしはもう中学生なんだから」  ふっとおじさんは笑う。でも、その笑い方がまるでやっぱり子どもだなって言われてるみたいでムッとしちゃう。 「相変わらず姉さんは遅いのか?」 「ん、まあね。お仕事、忙しいみたい」 「しょうがねえな。一度、俺から言うか?」 「大丈夫だよ。それに晩ご飯までには帰ってきてくれるし」 「なら、いいけど」  眉間にしわをよせるおじさんに、私は苦笑いを浮かべる。  だって、おじさんからママに言われちゃったらここに来てることとか、家のことを話したことがバレちゃうもん。  だから、晩ご飯までには帰ってくるけど、その晩ご飯が九時を過ぎてからだってことはおじさんには内緒。 「それじゃ、二階で宿題でもしてろ」 「はーい」  私はお店の奥にある工房を通って、二階にあるおじさんの自宅へと向かう。  工房には、アクセサリーを作るのに必要な工具や機械がたくさん並んでいた。  おじさんのお店ではこの工房で作った手作りのアクセサリーを販売してるの。  おじさんが作るアクセサリーはどれもとっても素敵で、私はおじさんを尊敬しているの。 「お邪魔しまーす」  二階のドアを開けると、誰もいない部屋に私は入る。  宿題、といっても進学したばかりの一年生に出るといえば小学校の復習がほとんど。算数は好きだけど国語は苦手。算数のプリントはあっという間に終わっちゃったけど、国語の宿題で手間取っちゃった。  それでもなんとか終わらせると宿題を鞄の中に戻して、代わりに一冊のノートを取り出すと、それを開いた。  それは、私の秘密のノートだった。 「結構たまったなぁ」  小学生のときから描きためているそのノートには、ブレスレットやイヤリングといったアクセサリーのデザイン画があった。  おじさんが作っているのを見てたからか、小さい頃から私もこんなのがあったらいいな、あんなのをつけてみたいなとよく思い浮かべるようになった。それで、作りたいと思ったものをノートに描いていつか作れたらって思うようになったの。  でも、これはおじさんと親友の菜穂ちゃんにしか言ってないの。  ママに言ったらきっと、もっと現実を見なさいってお説教されちゃう。そんなものを描く時間があったら漢字を一つでも多く書き取りしなさい、なんて言われたらイラッとしちゃうもん。  小学校のときは、休み時間になると菜穂ちゃんと二人で自由帳にいろんなものを描いてすっごく楽しかったなぁ。  菜穂ちゃんは漫画家になりたいって言って、可愛い女の子やカッコいい男の子のイラストをよく描いていた。  そうやって二人で夢の話をしながら、お互いの描きたいものを描いてて、すごく楽しかった。なのに……。 「気が重いなぁ」  私は、机の上に置いたノートに覆い被さるように、身体を投げ出した
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