7人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
ある公爵令嬢の婚姻④
「スーリーマークス伯爵令息は、辞退されると?」
「はい、たった今、連絡が来たばかりです」
侍女が、慌ただしく執務室に入ってきた。
「見合い当日に辞退の連絡なんて……まあ、いいでしょう。お嬢様はもう、園庭に?」
この部屋からは見えないが、打ち合う音が微かに聞こえる。
「はい、ダニエル様を相手に、少し肩慣らしすると」
本日もやる気満々のお嬢様ですか。
「わかりました。私がお伝えに行きますので、あなたも仕事に戻ってください」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
いつもより深々と頭を下げる侍女が、少し気になったが、本日の予定変更を伝えるべく、足早に部屋を出たのだったが――。
「待ちかねたわよ、レオン」
闘技場の中心で、お嬢様は仁王立ちで待っていた。
いつもより早い時刻を針は指していたような……時計がくるってしまったか、後で確認しておこう。
「お嬢様。本日の見合いは中止です」
歩きながら伝えると、
「大丈夫よ、問題ないわ」
お嬢様がソワソワしている。
「えっ」
「フィアルーカ侯爵は次期当主を、あなたに指名したの」
足が止まる。
「……どうして」
十年前に捨てた名前だ。
「長患いの弟は義母と静養するために、うちの領地にある保養施設に入ることが決まってね。本日正式に受理されたわ。ロックヒューストン公爵家と陛下の署名入りだから、断ったら不敬罪になるわよ」
隣でダニエル様が書簡箱をぶんぶん振っている。
そういう扱いをしてはいけない箱なのだと、また一から教えて差し上げなければ。
「お嬢様、勝手なことをなさらないでください」
「もう、決まったことよ。さあ!」
足元に、模擬剣を投げて寄越してきた。
「あなたにも資格が出来たわよ。剣を取りなさい、レオン」
――「では、侯爵家と伯爵家。二十七歳以内のご令息とお会いになりますか?」
――「ええ。私に勝ったら、結婚してあげるわ」
記憶が断片的に蘇って、息が止まる。
あの時の笑顔も脳裏に浮かんだ。
(まったく、公爵令嬢のすることですか……)
息苦しさで、思考もまとまらないが。
私はゆっくりと、いつもよりも重く感じる模擬剣を掴み取った。
最初のコメントを投稿しよう!