ある公爵令嬢の婚姻⑦

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ある公爵令嬢の婚姻⑦

「…………他には」 「はい?」 「他に言うことはないの?」  何か気掛かりがありそうに尋ねられる。  昔、ダニエル様も、よくこんな拗ねた顔をしていたな。 「私の為に、いろいろありがとうございます。お嬢様」  お嬢様は、まだ足りないような顔をする。  違うのか?  一般な公爵令嬢ではないお嬢様は、時に難しい。  そこも長所なのだが。 「レオン。……私の名前を、呼んでよ」 (あっ)   お嬢様の名前を呼ばなくなったのは、いつからだったのか。  見る前に諦めた夢が、ふとした瞬間に溢れないように。  誰も困らせないで、ただ傍で見守っていられるようにと。  私は私の心に蓋をした。 「……クラリス様」  優しい響きの名前。  心の中でも呼ぶのを禁じていた。 「呼び捨てにしないと、返事はしないわ」  やっと笑顔を見せてくれた。 「…………クラリス……これでいいですか?」  抑揚もなく、いつもと変わらない口調が精一杯だ。  緊張して、変な汗が止まらない。 「今は、それでも、許すわ」  真っ赤になった顔を隠すように、私のクラリスが下を向いた。  本当に、これは夢ではないのだろうか。 「クラリス、抱きしめてもいいですか?」  私の言葉に、ビクッと肩を震わせて、 「そういうのも、聞かなくて……いいから」  か細い声で、小さく頷く。  私は愛する人を初めて抱きしめた。
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