クルーズ船

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クルーズ船

今井明彦(38)実家のコンビニ勤務。元医師。 岡本真治(42)明彦の先輩医師。    *** ●ヘリの空撮 横浜港のダイヤモンド・プリンセス号。 レポーターの声「こちらがダイヤモンド・プリンセス号です。とても大きいです。予定を1日早め昨夜こちらの横浜港に入りました。先月20日に横浜を出発。25日に香港で下船した乗客が今月1日、新型コロナウイルスに感染していたことがわかり、そのためダイヤモンド・プリンセス号は着岸せず洋上に停泊し本日から検疫を始めます」 以下クルーズ船関連のニュース映像が次々モンタージュ。 ●ニュース番組 コメンテーター「気になるのはこの香港で下船した乗客、中国の方ということですが、この方はいつ感染したのか。横浜から乗船した時すでにかかっていたのか。それとも船内で誰かから感染したのか」 ●別のニュース番組 アナウンサー「速報です。横浜港の洋上で新型コロナウイルスの検疫が行なわれているダイヤモンド・プリンセス号ですが、本日検査結果が判明した31名のうち10名が陽性反応です。31名のうち10名の陽性が確認されました。感染者は神奈川県内の医療機関へ搬送されるとのことで」 ●別のニュース番組 専門家「政府は当初香港で判明した乗客だけが感染者と見込んでいたようなんですね。なので体調不良の乗客から検査し、その人たちが陰性なら問題なし、全員下船させようと考えていた。しかし実際はこれだけ陽性反応が出てしまった」 ●別のニュース番組 アナウンサー「14日間の船内待機、乗員乗客合わせて約3700名の船内待機、隔離を決定しました」 ●別のニュース番組 コメンテーター「いや乗客のストレスは大変なものだと思いますよ。この資料によると窓とかバルコニーがある客室だけじゃないんですね。奥まったところにもある。そこにずっと閉じ込められるわけですから。隔離なんで自由に船内を歩くこともできない」 ●大黒埠頭 救急車などの車輌が並ぶ。 レポーターの声「DMAT、災害派遣医療チームが全国の病院から集まり大黒埠頭から乗船、乗客の診断や病院への搬送などを対応しています」 客室のバルコニーから手を振る外国人客。 レポーターの声「あー手を振ってますね。バルコニーで隣室の乗客と何か話してる光景も目にします。先ほどは『早く船から降ろして』と叫ぶ声がありました。いずれもマスクなどはしてません」 ●別のニュース番組 スタジオで表示されるツイッター画像。 アナウンサー「これが1日3回配られるお弁当の1回分だそうです。これをマスクと手袋をした乗務員が運んでくるそうなんですが、乗務員の中には体調不良を訴える人がいて、そこから感染拡大の怖れはないのか」 記者「体調不良を訴える乗務員とそうでない乗務員が相部屋で過ごしてるという情報もあります。ただこれだけの乗客がいますから、乗務員に動いてもらわないとお世話はできないわけで」 ●別のニュース番組 アナウンサー「本日までに218人の感染が確認されました。本日判明分を含めて218人です」 ●別のニュース番組 解説員「SNSなどを通じて船内の様子、対応の様子が海外にも流れ、これは一番やっちゃいけない見本だと、そういう批判がどんどん出てきてますね」 ●別のニュース番組 チャーター機派遣の映像。 アナウンサー「アメリカをはじめカナダ、香港、そしてイタリアとオーストラリアなどが自国民、市民を退避させるためにチャーター機を派遣し」 ●別のニュース番組 コメンテーター「これは信用されてないってことですよ。まったく日本の対応が信用できないと。だから連れ帰ったあとまた2週間隔離するんで」 ●別のニュース番組 岩田健太郎教授の動画投稿の写真。 アナウンサー「この教授によると船内の状況はとにかく杜撰、感染拡大を防ぐどころか逆を行ってるという指摘で」 ●別のニュース番組 橋本厚労副大臣のツイート写真。 解説員「この写真だとゾーニング、減菌消毒されてるエリアとそうでないエリアがちゃんと分けられてないわけです。フォローのつもりがかえってちゃんとしてないことを露呈、拡散してしまった。だから慌てて投稿も削除したんでしょう」 ●大黒埠頭 下船する乗客の列。 レポーターの声「あー笑顔が見えます。14日間の船内待機を終えて解放され、晴れ晴れとした表情です」 ●別のニュース番組 アナウンサー「まず22日の夜、陰性と判定されて下船した栃木県の60代の女性が感染していたことが判明。その後も徳島県や千葉県などで次々判明し」 ●別のニュース番組 モザイクのかかったインタビュー映像。 女性「横浜駅までは送られたけどそこで解散、どうぞって言われたんですね。どうぞ電車でって。え、いいのって感じでしたけど。普通に交通機関使っていいの?」 ●別のニュース番組 船内で撮影した歌謡ショーの動画。 男性乗客の声「横浜港に戻ってからも隔離の前日までは普通に楽しんでましたよ。歌謡ショーもやってたし。検疫作業で入った人は防護服どころかマスクもしてなかったしね。それで急に2週間留め置きって言うからなんでって」 ●別のニュース番組 専門家「まぁその後の検証で感染者の多くは2月5日以前、つまり船内の自室にとどめる前に感染していたことがわかりました。それでもあの時点では2週間の隔離は必要という判断だったし、あれだけの人数を急に収容できる施設はなかったわけですから、船内にとどめたのは正しかったと思いますよ。ほかに選択肢はなかった」 別の専門家「ただ結果的に死者が出たわけですから、反省点を見つけて今後に活かさないとまた同じことを繰り返します」 ●別のニュース番組 顔を隠した関係者インタビュー。 関係者「はじめてのことでしょうがなかったにしても、指揮系統はよくなかったですね。専門家に権限がなく、権限ある人には知識がなくて」 ●別のニュース番組 政府寄りの解説者が不機嫌にコメントする。 解説者「旗国主義というのがありましてね。つまり今回のクルーズ船で言うと船籍はイギリス、管轄権はイギリスにあるんです。公海上で保護するのは国際法上イギリスが行なうべきで。日本は義務がなかった。それでも日本人の乗客が多かったし、日本の内水では日本の主権が及ぶ、とされてるから対応したけど、それで責任を問われるのはね。じゃあイギリスは何したの、と。アメリカにはアメリカ人だけ先に降ろして早期の帰国を提案したんです。しかしそれも感染拡大のリスクが高まる、だから船内に留めてほしい、とむこうから要請された。なのにその後はアメリカのマスコミにさんざん言われて、ちょっとどうなのって思いますよね」 ●タイトル ●樹にとまったセミ 盛大に鳴いている。画面に「夏」の文字。 ●町中(昼前) 人通りのあまりない郊外の町。岡本真治(42)がスマートフォンを見つつ何かを探して歩いている。 ●コンビニ・店内 今井明彦(38)が品出しをしている。来客を知らせるチャイムで「いらっしゃいませ」と出入口を見て固まる。 真治「(微笑で手をあげ、もう片方の手でマスクを下ろし)よお」 明彦「先輩」 真治「久しぶり。おはよう(またマスクをしつつ近づき)似合ってるね制服」 明彦「ええ――偶然じゃ、ないわけですか」 真治「まぁ、ちょっと話せないかって」 明彦「はぁ」 ●樹にとまったセミ 盛大に鳴いている。急に飛んでいなくなる。 ●公園 日陰のベンチ2つに、真治と明彦がそれぞれ座っている。明彦は制服でなく普段着のTシャツ。 真治「(マスクなしで冷えたドリンクを飲み)暑いね、毎日毎日。仕事は慣れた?」 明彦「(同じくマスクなしでドリンクを飲み)ええ、もう4ヶ月なんで」 真治「ご両親はよろこんでるの、後継ぎ」 明彦「え?」 真治「さっきお母さん固まってた。俺が前の病院のって聞いたら」 明彦「あぁ――」 ●記憶・コンビニ 明彦に呼ばれて店の奥から母親が出てきたところ。明彦が真治を紹介し、母親がギコチなく笑顔をつくる。 真治の声「戻る気ない? 病院」 ●公園 明彦「ええ、今はとても」 真治「そう――辞めたとは知らなかったんだよね、俺。クルーズ船から戻ったあと姿を見なくなったから、しばらく休暇、もしくは自主隔離、そういうことかと思った。驚いたよ」 明彦「すみません、挨拶もなく」 真治「差別があった? 病院で」 明彦「差別ですか?」    *** 【クルーズ船】を収録した電子書籍は7月3日に発売しました。HPから購入できます。作者の自己紹介、または「あらすじ」の下部からお進み下さい。
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