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楓
●夜桜
ほぼ終わりがけの桜。花びらが風に散る。
●ある病院・コロナ病棟
防護服で治療や看護にあたる男女。その中にいる長谷川楓(27)
●病棟の外
楓が防護服を脱ぐ。汗だく。細心の注意を払いながら防護服やマスクの後処理をする。
●病棟・廊下
休憩時間の楓がスマートフォンを操作しながら来る。マスク姿。歩調が緩くなる。
武村敏夫(28)の声「話したいことがあるんで連絡ください」
●人のいない場所
階段の踊り場か屋上など、人のいない場所。楓が電話の操作をしながら来る。
楓「(相手が出るのを待って)もしもし、私」
●都会の夜道
敏夫の声「ああ、仕事中?」
車が1台走ってくる。
●病院・人のいない場所
楓「夜勤。言っといたでしょ」
敏夫の声「いま平気?」
楓「うん、休憩」
●走る車の中
敏夫が運転している。ハンズフリーで電話している。
楓の声「なに?」
敏夫「いや、話してからすべきだったんだけど、今日で実家帰るよ、俺」
●ふたりのやりとり・カットバック
楓「え?」
敏夫「アパートから荷物、いま実家の車で運んでる」
楓「――どういうこと」
敏夫「心配されてんだ。実家もだけど会社の上司にも。ほら同棲のこと話しちゃったし、前に」
楓「――」
敏夫「看護師だってのも、そこの病院勤務ってのも。コロナ対応か聞かれたら、嘘はつけなくて」
楓「そう――」
敏夫「会社はテレワークになるから、そうなると俺がずっと家にいることになる。楓が休みの日もそれじゃ休まらないだろ。しばらく別々の方がいいと思って」
楓「私といるの怖い?」
敏夫「え」
楓「うつりそう? コロナに」
敏夫「――正直わかんないよ。どのぐらいうつりやすいのか」
楓「ちゃんと対策してる」
敏夫「信用してるけど――正直怖くないとは言えない」
楓「――」
敏夫「連絡するよ。感染気をつけて。もう充分気をつけてるだろうけど」
楓「わかった。さよなら(電話を切る)」
敏夫「――」
楓「――(気持ちを抑えてその場を離れる)」
●コロナ病棟
楓が防護服で働いている。
敏夫の声「(先行して)ひどいフラれ方したのも、今となってはいい思い出だな」
●南国の海
グラデーションの美しい海。
●海沿いのレストラン
テラス席のパラソルの下、敏夫と楓がいる。
敏夫「楓に会うためだったんだって、今までの全部が。そう思える」
楓「(照れて微笑し目を伏せる)」
●楓のアパート
楓がベッドで目を覚ます。前シーンは夢。旅行の思い出。
楓が体を起こして部屋の中を見まわす。敏夫の荷物がなくなって不自然にスペースがある。
N(楓の声)「彼からの連絡は、週に一度あるかないか」
●楓のアパート・外観
楓が出勤の服装で自室から出てくる。道へ。新緑の樹々。初夏。
N「同棲を解消してすぐはまめにあったけど、いつも彼からで私からはしなかった。意地もあったけど、すがるようでできなくて――出ていかれたのにしつこくできない」
●駅や電車内など
楓が出勤している。マスク姿。
N「彼は気まずいのがさらに増したんだろう。どんどん間遠になった。なってる」
●病院・廊下
ベンチで待っていた退院患者が立ち、コロナ病棟に向かう前の楓に礼を言う。何度もお辞儀する。笑顔で対応する楓。
N「仕事は辞められない。家庭のある同僚が何人か辞めて人手は足りない。これ以上辞めたら回らなくなる」
●コロナ病棟の外
楓が防護服を身に着けている。慎重に隙間を塞いでいる。
N「別れたわけじゃないから」
●回想・電話のやりとり
敏夫「しばらく別々の方がいいと思って」
●コロナ病棟
患者の急変に対応する医師や看護師たち。楓もいる。
N「距離を置いただけ。コロナ禍が落ちつくまで――でも、いつ? いつになる?」
医療機器の警音が高まり、
●病棟・廊下
静寂。死亡した患者が感染症対策のカバーに入れられ、ストレッチャーで運ばれていく。
***
【楓】を収録した電子書籍は7月3日に発売しました。HPから購入できます。作者の自己紹介、または「あらすじ」の下部からお進み下さい。
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