第8章 エピローグ

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 そうして、半年の月日が経ち、二月になった。  琴葉の誕生日だ。  今日、琴葉は20才になる。  意外かもしれないが、琴葉は思ったよりマジメで、今日までお酒を飲んでこなかった。  ちなみにぼくは、琴葉より9ヶ月早く、五月でハタチになっていたので、優司さんと涼太先輩の3人でよく一緒に居酒屋へ飲みに行く仲になっていた。  その飲み仲間の内輪では既に、琴葉がぼくの彼女になっていることは知れ渡っていた。(なぜって、ぼくが言いふらしたから)  特に優司さんが琴葉のプライベートなことを、酒の肴に、根掘り葉掘り聞きたがった。  そんなことを酒の肴にされても困るので、決まってぼくは、個人情報保護法に則って情報開示するだけに努めた。  まぁ、そんなことはさておき、  記念すべき琴葉の20才の誕生日なので、ちょっと有名な恵比寿のシャンパンカフェを予約した。  琴葉は、初めて飲むシャンパンに喜んで、「おいしい!」と何杯もおかわりした。  今日を境に、お酒も飲めるし、競馬だってできる。  法律上、20才になったのだから。  もう、浅草のJRA場外馬券場で、琴葉が不機嫌になってプイッと出て行ってしまうこともないのだ。  食前に出てきたシャンパンが絶品だっただけでなく、この店は予約したディナーもまた、秀逸な出来栄えだった。  琴葉はうれしそうにナイフとフォークを駆使して、ホタテ貝のポワレを口に運んだ。  ぼくはそんな、うれしそうに食べる琴葉の姿を見るのが好きだった。  思えば、これまで琴葉は、ずいぶんと苦労してきた。  家庭内暴力をふるう義父の元でDVに耐え、そこから逃げ出したくても当時17才の琴葉は勝手に学校を転校できず、自由に仕事をみつけられず、スマホだって購入できなかった。  未成年の琴葉はどうあがいたって社会の中で自立できず、すべて親の許可が必要だった。家庭内暴力をふるう、義父の許可が。  琴葉はその限られた未成年の権利範囲の内側で、自らができることを模索し、壁にぶち当たりながら自由と自立を求め、高校時代はゆらゆらと、行き場を失ってたゆたうしかなかった。  そして2年前、18才になって成人し、それを機に高校を卒業し、自分で選んだ場所に引っ越して、そこで仕事を見つけて自立した生活を営んだ。  最後に“成人の壁”として立ちはだかっていた、“お酒”と“競馬”の呪縛も、今日限りをもって解放された。  もう完全に、琴葉の自由と自立を阻む物はない。  ぼくは、そんな琴葉の自由と自立を最大限応援しようと心に決めていた。  そしてできるなら、そのとき琴葉の隣にいるのが、ぼくだったらいいと思っていた。  誕生日のディナーが終わり、恵比寿のシャンパンカフェを出るころには、はじめて飲んだお酒に琴葉の足取りはフラフラだった。  酔っぱらった琴葉を見るのはぼくも初めてだったが、とにかく驚いた。  琴葉は、普段こんなにも自分の心に、堅強な鎧をまとって生きてきたのかと、新たな発見をした。  お酒という魔物が、自らをガードしていた堅牢で重い鎧をはぎ取って、その芯に残った“芹野琴葉”とはこういう人間なんだと、白日のもとにさらけ出した。  そんな琴葉の姿を目の当たりにして、我が目を疑った。  普段はあんなにも手厳しく、理知的で、照れ屋な琴葉だが、  酔っぱらった琴葉は、デレデレとぼくに絡みついて来て、腕を離そうとしなかった。  ぼくの腕が、琴葉の胸元にグイグイと押しつけられているというのに、おかまいなしだった。  せっかく恵比寿に来たのだから、夜のイルミネーションがきれいな恵比寿ガーデンプレイスに行ってみると、あんなに人前でするキスを嫌がっていたのに、センター広場でもどこでも、琴葉の方からキスをねだってきた。(琴葉に後で怒られるので、そこはキスしなかったが・・・)  帰りの電車だって、恵比寿から自宅まで埼京線で一本なのに「ひとりで、電車に乗れない~」と言って、ぼくを困らせた。  自宅の最寄り駅に着いても「ひとりじゃ、家まで帰れない~」と幼稚園児みたいな駄々をこねた。  仕方なくぼくは、琴葉を引き連れてアパートまで送ると、  琴葉は家に入るなり、ぼくをベッドに押し倒してきて、その日初めて、ぼくと琴葉は結ばれた。  あんなに苦労した“琴葉の男性恐怖症 克服大作戦2”の連戦連敗が、シャンパン一本で解決してしまうなんて、気が抜けてしまうのも、いいところだった(シャンパンだけに)。  ただし翌朝、琴葉が目を覚ますと、もれなく二日酔いのおまけがついてきて「いい思い出に、ならなかった・・・(頭いたい)」と、歯を磨きながら愚痴をこぼしていた。  しかし、それからというもの琴葉の男性恐怖症は一気に改善方向に向かい、六月になる頃には、もうすっかり琴葉は男性恐怖症を克服していた。  懸案だった“男の下心”に関して、古い、イヤな記憶でがんじがらめになっていたところに、新しい、楽しい記憶が上書きされて、気持ちが楽になったのかもしれない。
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