第1章 琴 葉

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 翌日、  体育館での始業式が終わって、ぼくたちは3年クラスの教室に移動した。  校長先生が言うには、今年の西高の定時制の人数は、1年生が38人で2クラス、2年生が21人で1クラス、ぼくら3年生が15人で1クラス、4年生が18人で1クラスとのことだった。  1年生の人数が多いのは、ぼくの代でもそうだった。30人以上が入学して、2クラスあった。  しかし、5月のGWが明けると人が減り、夏休みが明けるとまた人が減り、冬休みでまた減って、3月に赤点か、出席日数が足りなくて単位が取れず、またたくさんの中退者を出した。そして生き残ったのが今の15人なのだ。  要は、ぼくの同学年は15人しかいないので、3年生になっても2年のときのクラスから、クラス替えがない。4年生になったとしても、同じメンバーだ。  しかし15人のままとは。昨日優司さんが言っていた「苅田さんが辞める」というのはガセネタだったのだろうか。  体育館から教室に向かう途中、前方に優司さんがいたので、声をかけた。 「優司さんっ!」 「おう、瀬那。久しぶりだな」  いつもの優司さんの明るい笑顔を見ると、日常が戻って来たみたいでホッとする。 「苅田さんが辞めるって、ホントですか?さっき始業式で、校長先生が3年生は15人だって、言ってたし」 「いや、苅田は辞めただろ。校長の言い間違えだったんじゃないか?14人って」  そんなことを言っているうちに、新3年の教室に着き、教室のドアを開けた。  そうすると、校長先生がなぜ『15人』と言っていたのか、その謎が解けた。  教室では、クラスメートが思い思いの席に座って、先生を待っていた。  その中に、見慣れないロングヘアで黒髪の少女が座っていた。  転入生だった。  チャイムが鳴ると、教室に山野辺先生が入ってきた。  2年のときのぼくたちの担任で、3年になっても持ち上がりで担任になったのだろう。ちなみに教科は数学の先生だ。 「みんなに残念な知らせがある。苅田が、家庭の事情で辞めることになった」  家庭の事情と言っても、きっと赤点で単位が取れなかったからだろう。 「でもまぁ、苅田以外の14人はこうしてみんな無事進級できて、先生もうれしいよ。また1年間この顔ぶれでがんばって行こう」  明るく言う先生の声に反して、生徒の反応は薄い。ウチのクラスは、優司さん以外おとなしい人が多いのだ。 「そして、顔ぶれと言えば、今日からこのクラスに新しい仲間が増えた」  山野辺先生が、例の黒髪の少女に目で合図する。  黒髪の少女が席から立つと、周囲から『おぉっ』と声が漏れた。  少女の身長は、170cmをゆうに越えているスレンダーな長身で、真っ黒でつやつやなロングヘアであることも相まって、まるでモデルさんがこの教室に舞い降りたような雰囲気を醸し出し、クラス一同が驚いたのだ。  しかし当の少女にとっては、『おぉっ』という驚嘆のため息は心外だったのだろう。彼女は少し眉をしかめて、顔を赤くした。そして黒板の前に出て、挨拶をした。 「芹野琴葉です。今日からよろしくお願いします」  少女はそれだけ言うと、さっさと自分の席に戻ってしまった。  それから、山野辺先生はホームルームを続け、今日はくじ引きで席順を決めただけで、授業もなく下校になった。  くじ引きで決めた席順の結果は、ぼくは出入り口に一番近い前の席になった。斜め後ろに優司さんが来てくれたのはラッキーだった。  そして残念なことに、転入生の芹野琴葉は窓際の後列で、ぼくから一番遠い席になっていた。  今日は授業がないので、19:00の給食もなく、そのまま家路についた。  この西高の最寄駅は椿木駅で、ぼくの住む北桃古駅まで電車で5駅離れたところだ。  帰り道、電車に揺られながら新しく転入してきた芹野琴葉のことを色々と考えていた。  まず、定時制の3年になってからの転入生は、きわめて珍しかった。辞めることはあっても、増えることがないのが定時制だ。  3年生で転入してくるということは、他の高校で2年までの教育課程を修了し、3年に進級できる状態になって転校してきた、ということだ。  それはだいたい、全日制をドロップアウトして、定時制に切り替えてくる場合に起こる。  全日制をドロップアウトするのは、だいたい1年生のうちだ(優司さんなんかも、そうだ)。この場合は定時制も1年生からやりなおす。  全日制2年の途中でドロップアウトするケースはある。この場合は定時制も改めて2年生から始める。  定時制の3年で転入してくると言うことは、全日制からのドロップアウトを想定すると、2年生の教育課程をキチンとクリアしてからの定時制への転入か、もしくは3年生の途中でドロップアウトしたのか、どちらかだ。ここまでくれば普通、もうちょっと我慢すれば全日制を卒業できるだろう。  いずれにしろ、どう考えたって芹野琴葉の経歴が分かる訳ではないのだが、珍しいトピックスだったので、ぼくは色々と頭を巡らせていた。
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