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何かよくわからないが、あの飛んできたものは、私の頭にぶつかったのだろう。
あの勢いで当たったのによく無事だったなと思う。もしかしたらずっと昏睡状態で、長い時間が経っているかもしれない。
妻は大丈夫だったのだろうか。
私だけがあれに当たったのであればいいのだが。
木の壁が終わり、感触が変わった。
漆喰だろうか、冷たく滑らかな表面を撫でていくと、そこは行き止まりだった。
両手で目の前の壁を触ると、それが扉であることがわかった。外に繋がる扉というよりは、倉庫の扉のような感じがする。扉の中央には大きな錠がかかっており、ずっしりと重い。
「ここにいただな」
突然後ろから声が聞こえてきて、私は文字通り跳び上がった。心臓が口から飛び出しそうなほど早鐘を打ち、それに反応して頭が少しだけずきずき痛んだ。
恐る恐る振り返ると、暗い空間に火のついた蝋燭が浮いている、ように見える。
驚きのあまり、言葉が喉につっかかって出てこない。蝋燭の火が微かに揺れた。
「怪我の様子を見に来ただ」
私は深呼吸を繰り返し、生唾を飲み込んだ。
「もう大丈夫みたいです。ありがとう」
かすかすに掠れた声だった。私は咳払いをした。
「大丈夫でない。軟膏効いてるだけ」
蝋燭の火がすっ、すっ、と私に近づいてくる。私は後退り、重い錠のかかった扉に身体を押しつけた。そうすれば扉の向こうに行けるかもしれないという儚い望みは叶いそうになく、扉はびくともしない。
「つ、妻は、私の妻は無事ですか?」
ここはきっと妻の実家の村のはずだ。つまり、今、目の前にいる全く姿の見えない御仁は、妻のことを知っているに違いないし、私がなぜここにいるのかも、もちろん知っているに違いない。
足音が消え、蝋燭の火が揺らめく。
何か答えが返ってくると待っていたが、蝋燭の芯がじじっと燃える音が僅かに聞こえてきただけだった。
「あ、あの……?」
「怪我、治さねばなら」
どうやら私の質問には答えるつもりはないようだ。私は少し、いらっとした。
「部屋に戻らねと」
再び足音が近づいてきた。
私は再び同じ質問をしたが、相手は答えてくれない。戻らねと、戻らねと、と繰り返すばかりだ。
逃げ道はないし、この人が私の頭の傷を治療してくれているのは確かだと思うし、黙って部屋に戻るしかないか___
ただ、私には一つ確信めいたものがあった。
それはここに閉じ込められている、ということだ。
このまま部屋に戻れば、今度は部屋から出られないように鍵をかけるなどされるかもしれない。今、このチャンスを逃してしまうと、次に部屋を出る、それどころか妻のところへ戻れるかどうかも怪しい気がしていた。
しかし、だからといってどうすればいいのかがわからない。私は回らない頭を必死で回転させた。空回るばかりで、名案などは出てこない。
一体、どうすれば___
と、その時、私のすぐ後ろでがちゃり、と音がした。
そして重いものが床にどんっと落ちる音。
私はとっさに振り返り、扉をぶつかるようにして押した。ぎぎぎ、という鈍い音の後、扉は重さを感じさせることなく、開いた。
真っ暗な空間に急激に光が差し込む。
眩しすぎて目を開けられない。
私はかたく瞼を閉じたまま、開いた扉の向こう側へ倒れるようにして走り出した。
「そちへ行ってならね」
そんな声を背中で聞きながら、私は走った。
外の匂いがする。
足の裏に砂の感触がする。
風が頬を撫でていく。
それから、声が聞こえる。
何か、節をつけている。詩吟のような。
私は眩しくて閉じていた目を、走りながらゆっくりと開いた。
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