何時もの距離感

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何時もの距離感

 僕にはずっと一緒に居る幼馴染みが存在する。幼稚園から小学校、中学校、そして高校も全部同じで、そんな彼の名前は空木(うつぎ)瑛太(えいた)と言う。彼は背が高くてクールでかっこ良く、特に女子に人気がる。でも、あまり笑わないのと、勉強がちょっと苦手なところが玉に瑕だ。  瑛太はいわゆる一軍男子で、そういう男子友達とつるんでいる事が多い。けど、学校の登下校や放課後、休日は何故か僕を優先してくれるのだ。 「柚都(ゆずと)、今日おばさん居ない日だろ。母さんが晩飯食って行けって」 「分かった。じゃあ、帰って着替えたら、瑛太の部屋行く」  放課後、クラスの違う瑛太は僕のところまで迎えに来てはそんな事を言う。  僕達にとってそれは変わらない日常会話なのだが、周りはそう思わないみたいだ。 「お、空木が白雪(しらゆき)を口説いてる。まぁたお前ら一緒に帰んのか?」  そうからかって来るのは、僕のクラスの一軍男子。僕は馴れ馴れしい彼が苦手だけど、瑛太は友達のようだから平気みたいだった。 「うっせぇ。帰る方向一緒なんだから別に良いだろ」 「知ってるよ。家が隣り同士の幼馴染みなんだろ?……それよりさぁ、今日この後合コンすんだけど、空木も参加してくんねぇ?人数足りなくて」 「パス。興味ねぇ」 「嘘だろ!?お前本当に男子かよ!?って、ああ、そっか。白雪が隣りに居たんじゃハードルも上がるわな」  そうぼやきながら、彼は何故か僕の方をチラリと見る。何が言いたいのか分からずに僕も首を傾げると、その視線を遮るように瑛太の背中が目の前を遮った。 「柚都は関係ねぇだろ。つか、あんま見んな。コイツが汚れる」 「はぁ!?酷くねぇ!?て言うか、お前ばっかりずりぃぞ!俺だって白雪と仲良くしてぇのに!」 「無理。お前目付きがヤラシイから却下。あんま柚都に近付くな。……行こう、柚都」 「う、うん」  そう言っては手首を掴まれ、そのまま引っ張られる。  何というか、まぁ……瑛太は小さい頃から何時もこんな感じであった。けれどそれにはちゃんとした理由があって……僕は小学校低学年の時に一度、知らないオジサンに声を掛けられては誘拐されそうになった事件がある。それを彼に助けられており、それから余計に過保護になって、僕が外に出る時は瑛太がくっついて来るのが習慣になっていたのだ。僕はもう大丈夫って言ってるのに、彼は今だにそれを聞き入れてはくれないのだ。  上履きを履き替え、学校の外へと出る。帰り道は住宅街を歩くので人通りが少なく、1人の時はやっぱりちょっと心細い。だから正直、瑛太が一緒に帰ってくれるのは心強かったりする。  僕は彼の隣りを歩きながら、チラリとその横顔を見上げた。同級生からは表情筋が死んでるなんて言われたりするが、そこがクールでカッコいいと女子には評判だ。 「瑛太、あのさ」 「ん?」 「……僕とばっかり帰んないで、たまには友達と寄り道して帰れば?今日だって、合コンとか誘われてたし……」 「何で?アイツらとは学校で一緒に居るから別にいいだろ。それ以外でもつるむとか面倒なだけだし、うるさいから俺は嫌だね」 「それ、友達が聞いたら拗ねるよ?」 「別にどーでもいい。つか、ユズはそんなに俺を追い払いたい訳?」 「そ、そーじゃないけど……」  下を向き、モヤモヤとする気持ちのやり場に困っては道に転がっていた石ころを蹴る。  瑛太は人前で僕の事を「柚都」と呼ぶが、2人きりになると「ユズ」と呼んでくる。小さい頃は一貫してユズ呼びだったが、中学に上がった辺りから友達にからかわれ、そんな暗黙のルールみたいなのが出来てしまったのだ。  それはさて置き、僕達ももう高校3年生だ。瑛太とずっと一緒に居るから分かるけど、彼はモテるのに彼女をつくってる様子がまるでなかった。僕のお守りのせいで瑛太が彼女をつくれないのだとしたら……物凄く申し訳ないし、罪悪感もある。だから意を決して、いつか彼の本心を聞いてみなければと思っていたのだ。 「……瑛太は、彼女とか欲しくないの?周りの友達とかさ、彼女つくってるじゃん?」 「うわ、珍しい。ユズが恋バナとか……もしかして好きなヤツとか出来た?」 「ち、違う!僕は瑛太を心配して……。だって瑛太、モテるのに彼女つくんないじゃん!それって、僕のせいなんじゃないかってずっと気になってて……」  真剣に心配してると言うのに、瑛太は急に吹き出すと「何だよそれ、ウケる」と言っては頭を乱暴に撫でて来るのだ。 「別に、必要と思ってねーからつくんないだけだし。お前が気にする事ねぇよ」 「うゔ……カッコつけやがって……」 「拗ねんなよ。お前が拗ねると母さんが励まそうと張り切って料理作るだろ。あれ面倒だからさ、俺以外の前でしょぼくれんなよ」 「……ふん。瑛太の意地悪。おばさんにチクってやる」 「言ってろ」  そう言いながらも、僕は心の中で少しの優越感に浸っていた。  友達が拗ねたら面倒くさいとか言うのに、僕が拗ねる分には良いのか。しかも、瑛太以外の前でしょぼくれるなって……どんだけ僕の事が好きなんだよ。  あの人気者のイケメンが、幼馴染みってだけで僕を特別扱いしてくれる。これも行き過ぎた過保護なのかもしれないが……間違いなく誰もが羨むポジションなのだ。  これが僕と瑛太の何時もの距離感。他の人より少しだけ特別な、どこにでもあるものだった。
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