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夏実は仕事を早めに切り上げ、いつものクライミングジムに向かって自転車を走らせる。
半年ほど前から通い始めたが、その楽しさに目覚め、頻繁に通うようになっていた。
中に入ると、受付の女の子の表情がパッと明るくなる。
「夏実さん! 月曜日にいらっしゃるなんて珍しいですね」
「う、うん。なんか体を動かしたくなっちゃって……」
受付と着替えを済ませてジムの中に入ると、夏実の目に、一人の男性の姿が飛び込んできた。
聡太は夏実と同い年で、彼女が医療事務として勤務する病院の看護師として働いていた。
一緒にいるのは友達だろうか。数人の男性と楽しそうにボルダリングをしている。
聡太は夏実に気付くと手を振って駆け寄ってくる。
「どうしたの? 月曜日に来るなんて珍しくない?」
「ちょっと確認したいことがあったの」
「確認?」
すると夏実は聡太の背後にまわり、Tシャツの首元を引っ張った。
やっぱり。夏実は予感は確信に変わる。
「ちょっ……! く、苦しいんだけど夏実さん!」
夏実は手を離して聡太の前に立つ。
「ねぇ、金曜日の夜に私を家まで連れて帰ってくれたのって聡太くん?」
夏実が言うと、聡太は驚いた顔をして黙り込んだ。こんな顔してたら、何も言わなくたって肯定じゃない。
でも彼は友達だし、運命の人とは考えにくい。あのおまじないはきっと記憶を蘇らせるものだったのかもしれない。
「やっぱりそうなんだ。迷惑かけちゃってごめんなさい。送ってくれてありがとう」
「……なんで俺ってわかったの?」
今度は夏実が黙る。言えるわけがない。おまじないをして、聡太くんの夢を見ただなんて……。
「あの時の夏実さん、完全に寝てたはずなんだけど」
「……ゆ、夢に出てきたの!」
「夢?」
「そう……私の名前を呼ぶ声と、その首元のホクロが見えた」
聡太は信じられないという顔をして、口元を押さえた。
ただそこまで聡太が隠そうとするということは、何か変なことを口走ったのだろうか。もしかして不倫のこと? そう思うと急に不安になる。
「ねぇ、私なんか変なこと言った……?」
聡太は困ったように頷くと、
「あのさ、続きは別のところでもいい?」
と、まわりを指差して言った。
ここじゃ話せないというだけで、夏実にはかなりのダメージだった。
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