岐路

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岐路

 きっかけが何だったかと問われたら、夕食のコロッケだ。  それより以前から、違和感は未成熟な心に沈殿していたのだろう。それが、夕食に出されたコロッケを見て爆発した。コロッケは、七年前に他界した母親の得意料理。亡き母の得意料理を、ついひと月前に新しい母親となった女が作る。その猛烈な違和感に、気がつけば箸を置いて家を飛び出していた。  よほど動揺していたのだろう。玄関に放置していたはずの楽器ケースを肩に掛けて、家を飛び出していたらしい。慌てて制服のポケットをまさぐる。そこに慣れた電子機器の感触を得られず、がっくりと肩を落とした。動揺するあまり、携帯電話を忘れたらしい。 (何やってんだ、俺……)  優しい桃色に染まった夕空を見上げ、犬丸壱月(いぬまるいつき)は溜息をついた。  父親の再婚なんて、当に受け入れた事実じゃないか。よくある話だ。それに、実母が死んだのだってもう七年も前のこと。母親の死は、誰にも、どうしようもないことだったと、ちゃんと消化できている。そう頭では理解しているのに、ほくほくと湯気を立てるコロッケを嫌悪の対象でしか見られなかった自分に吐き気がする。まるで、頭と心が乖離したかのようだ。  父親の再婚相手に文句をつけたいわけではない。そりゃあ、父親より十も年下だとか、父親と結婚する前は銀座のキャバクラで働いていたとか、残念なくらいに家事が苦手だとか、つっこみたいことは山ほどある。だが、その全てを差し置いて、父親が幸せならと受け入れたはずだ。
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