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結論から言うと、夢ではなかった。目が覚めたらいつも通りの日常――というオチを熱望していたが、人生そううまく事は進まない。その前に、こんなわけのわからない世界に放り込まれて、のうのうと惰眠を貪れるはずがなかったのだ。それは隣に布団を並べた椿も同じようで。
「誰か嘘だと言って……」
絶望に満ちた声で囁かれても、答えてくれる者はない。布団の上で上半身を起こした壱月は、ぐらぐらと揺れる見慣れない風景に、今度こそ意識を飛ばしそうになった。
燦々と眩しい夏日が漏れるのは、木製の格子窓。ガラスがはめ込まれた窓は一つもない。二人が兄妹ならと、通された一室は純和風の内装だけど、床は畳敷きではなく板敷だ。自宅の和室にあるような床の間も欄間もない、簡素な部屋。おそるおそる覗いた格子窓の向こうには別棟があり、丁髷姿の男達が忙しげに行き来している。
「どこなんだ、ここは」
「そんなの、私が聞きたい!」
鬼の形相で睨む椿の両眼は真っ赤だ。壱月に悟られないよう、声を殺して夜通し泣いていたのには気づいていた。
重い溜息をついた壱月の耳に、忙しげな足音が届く。ドタドタと踏み鳴らすような足音は、まっすぐにこちらへ向かっている。牛ナントカと名乗ったジイさんの足音にしては、威勢がいい。
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